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~日々楽器に触れつつ、今日思うこと~

第164回 糟谷 伸夫 (2018.08.20)
糟谷 伸夫

バイオリンだけでなくあらゆる楽器を製作する上で全体のサイズとバランスは無視できないものだと思います。
弦楽器でも管楽器でも用いる音階や音程は弦や管体の長さをコントロールすることによって作り出しています。(電子楽器はその限りではないかもしれませんが。)
およそ伝統的な楽器においては本体そのものが楽器として使われることと使い方を示唆するような比較的シンプルな機構の上に成り立っています。

上記はすでに音楽や楽器演奏に心得のある人にとっては当たり前のことではありますが、実は私自身が十代後半からバイオリンを弾き始めたレイトスターターでありまして、一つ一つ当たり前の事柄に遅れ馳せながらに気付きを得ながら楽器演奏と製作を続けて参りました。

例えば
弦の長さが半分になるように押さえれば1オクターブ上の音がでる。
バイオリンでもチェロでも開放弦の半分の長さで弦を押さえれば開放弦の1オクターブ上の音。
当たり前の事なのですが、気付いたときには軽く感動の域にありました。
チェロの方が断然デカいのに扱える音域の幅はバイオリンと大差ないのです。

ピアノのような鍵盤楽器では1オクターブが片手で押さえやすい幅として配置されています。手のひら二つ分なら2オクターブ分、3つなら3オクターブ分、そんなヴィジュアルで音域とサイズがイメージされると思います。
幅が広ければ音域が広いというイメージです。

そうです。鍵盤だけ見るとまさに大きくなるほど音域も広くなるのですが、実際にピアノの音を出しているのは背後に隠れた弦です。蓋の隙間からピアノの弦を覗いてみると面白いですよ。
音が高くなればなるほど背後の弦は短く短くなっていっていて。低くなれば長く長くなっているのです。
そのバランスの中でピアノは楽器として成立しているという事です。
ピアノの鍵盤の数88は単純に1足す1の積み重ねだけでは理解できない、背後に意味をもった88だったのですね。
漠然と88鍵のピアノなどをみているとチェロはバイオリンより音域が広いと思ってしまいそうではありませんか?(私だけ?笑)

楽器の多くはドレミのような音階を用いる都合上、加減より乗除の計算で成り立っているように思います。
設計もバランスも乗除のスケール感で。
そしてまたそこから奏でる音も音楽も。
音階という階段は等差の階段ではないのです。倍々計算で駆け上り飛び降りてくる。
そんな風に思うと、
今までの音楽が今までより少し迫力を帯びて聴こえてきそうではありませんか。
思ったより高く思ったより広く思ったより熱く、思ったより薄く思ったより狭く思ったより静かに感じないでしょうか。

楽器の機構は実際に見たり鳴らしたりして初めて実感でき、そこから意味をなしてくる事も多いと思います。
CDやネット配信の音楽であっても楽器の機構を実感する前と後ではまた違って聞こえてくる事でしょう。もしなんらかの楽器に触れる機会があったら是非トライしてみることをおすすめします。

ところで、
伝統的な楽器はシンプルな機構を持つと言いました。
が、さらにバイオリンのように美しさも兼ね備えたデザインを施すことはなかなか容易なことではないように思います。
掛けてもはみ出さず、割っても余らないデザインの秀逸さ。
それを成し遂げるデザインコンセプトとは何だったのでしょうか。
やはり音や音楽の持っている乗除のスケールに倣っているのだろうとは思います。
しかしそれは具体的な説明が難しく実に不可思議な技術と言っても過言ではないでしょう。
はみ出さず余らない秀逸なデザインはよく調和した音楽から受ける印象ととてもよく似ています。
おそらく、そのデザインはバイオリンの音色にとっても不可欠な特徴なのでしょう。

ただなんとなく耳に入った音楽や音に心を動かされる。それだけでも十分ですが、
それはただの偶然ではなく、人が求めて積み上げた技術と経験が一助を担っているのだと気付くときそれもまたちょっとした感動の域に達するものがあります。

当たり前だと思っていたことの中に新たな気付きがあったり、当たり前すぎて誰も言わなかったことを今更初めて知ったり。そんなことがまだまだ起きるバイオリンと音楽の周辺はとても面白い所です。

そんなふうに思っている今日このごろです。

次回、関西弦楽器製作者協会展示会は2019年5月2日(木)~3日(金)です