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フィエンメ谷

第214回 三宅 広(2020.12.5)
三宅 広

フィエンメ谷は、イタリア最北部のオーストリア国境に近いところで、ここに生えている赤モミの木がバイオリンの表板材としてストラディバリの頃から使われてきているということです。
ドロミテ山塊と呼ばれるヨーロッパアルプスの一部に含まれる標高千メートルを超える高地と聞いてはいましたが、その名前をかすかに知っている程度でした。

 

 

クレモナに滞在していた時に現地の製作者仲間でそこの見学に行く話があり、同行させてもらいました。
クレモナからは車で4時間、夜明け前の暗いうちに出発して現地に向かいます。
北に向かって走ると、しだいに山が深くなって行きます。ロンバルディアの、地平線が見えるくらいの大平原ばかり見ている目には、イタリアにもこんな山岳地帯があったんだと驚かされます。
高い山々に囲まれた谷あいの曲がりくねった道路をいくつも通って、フレダッツオに到着、ここが今回の目的地です。
高地らしいカラッとして澄んだ空気、ドロミテから流れてくる冷たい水、そうしたところに育つ赤モミが良い楽器の材料になるのがわかるような気がしました。

木立の間からはまるで尖塔を並べたような尖った岩山が続いているのが見えます。
「あの山の向こうはオーストリアだよ」と教えてくれるけど、どれくらい向こうなのかわかりません。インスブルックとか、前に名前だけ聞いて知っていた地名に、へえ、そんなところまで自分が来ているのかと不思議な気がしました。
市街地を過ぎて林道のような道路を少し行くと、森林管理局(営林署みたいなもの?)の建物があって、そこで係の人が説明してくれます。
話を聞いてから森へ入り、伐採の現場を見せてもらうことになりました。
木樵さんたちは2人組みで、チェンソーと楔を使って慣れた手つきで木を倒します。
まず、倒したい方向の根っこの少し上を三角に切り取り、次に反対側からチェンソーを入れていきます。
鋸が半分くらい進んだところからもう1人が切れ目に楔を入れ、ハンマーで叩きこんでいくと切り口が少しずつ開いて木は徐々に傾いていきます。

 

 

鋸の刃が通りきると同時に2人は木から離れ安全なところまで行って待つ、そして木はスローモーションのように静かに地面に倒れる。見事な職人技だなと思いました。あとで聞いてみたら「ここに倒そう」と思ったところにほぼ正確に倒せるということでした。
切り株を見ると根本の直径は7〜80センチあります。立っている時はそれほど大きくは見えなかったので驚きました。
ここで採れる赤モミは、数年から数十年乾燥させてバイオリンの表板、ピアノの響板、パイプオルガンの木管といった楽器の材料になるそうですが、それだけでなく家具や建築材料、燃料としても使われているということでした。
そう言えばここで割り材に製材されて乾燥されている場所は本当に薪の保管みたいに見えました。
見学を終えてプレダッツオを後にしたのは4時過ぎでした。1日の小旅行でしたが、印象に強く残るものになりました。