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ヴァイオリンを計る

第245回 糟谷 伸夫(2022.5.5)
糟谷 伸夫

ヴァイオリン製作者は様々な部分を計りながら作業を進めます。
製作の過程で表板・裏板・ネック・組み上げた胴など、サイズ表や師匠の言葉を参考にその都度目指す重量などを設定しつつ作業を進めます。
今回は重さについて。
ヴァイオリンの各パーツの重さの間には何か興味深い関係性がありそう、という話です。
(仮説です。念のため)

・各パーツの重さの関係(表1,2参照)

 ・横板A(注1)と表板B(注2)の重さを足すと裏板Cと同じ重さになります。
  A+B=C

 ・横板A表板B裏板Cを足すと胴Fの重さになります。
  A+B+C=F
 ・胴F裏板Cの二倍の重さです。
  2C=F

 ・横板A表板Bの重さは黄金比の関係にあります。
  A((1+√5)/2)=B

 ・表板B裏板Cの重さは黄金比の関係にあります。
  B((1+√5)/2)=C

 ・胴F全体G(注3)の重さは黄金比の関係にあります。
  F((1+√5)/2)=G

 ・ネックE(注4)と胴Fの重さは黄金比の関係にあります。
  E((1+√5)/2)=F

 ・表板B裏板Cの重さとDを足すと全体Gになります。
  B+C+D=G
 ・全体GはDの二倍の重さです。
  2D=G

 

 

 

参考:(1+√5)/2は黄金比をあらわします。(1+√5)/2=1.618…で、これを掛け合わせることで基の値のおよそ1.6倍の値を得ます。

(注1)横板A:ブロック,ライニング含む。
(注2)表板B:力木含む。
(注3)全体G:胴,ネック,指板,糸巻き含む。
(注4)ネックE:糸巻き,指板含む。

 

そこにどういった関係があるのか?

上記表1は、まず組み上がった横板の重量47gを基準と設定し、
その47へ黄金比φを順次掛け合わせ導いた数列となります。
続いて表2は表1に則して組み上げた胴の重量にあたる数Fを基準と設定し、黄金比φを掛け合わせ導いた数列となります。
このA~Gが実際にヴァイオリンの各パーツの重量を表すと考えますと。
「ヴァイオリンの各パーツの重量はその他のパーツの重量との関係性の中で確定される。」となり、ヴァイオリンの各パーツはそういった関係の中にあるということが言えるのではないでしょうか。

 

実際に製作を行う観点から見ると。

組上がった白木ヴァイオリンの状態にあたるGの値は、やや重めのヴァイオリンかな?といった値ですが許容範囲かと思います。さらに、各パーツに割り振られる値を見ても通常製作されるヴァイオリンとして十分許容される範囲に収まっていると思います。

黄金比とは全体と部分とが同じ比によって相互に関係し合う比である、ということが条件であり特徴です。このことにより多くのパーツを用いて複雑な構造を構築する際のトータルバランスや各部への適切な配分にとても有効な技術であるといわれます。
複数の要素が相互的に互いを規定することで生まれる確かさ。これはマエストロ達が教えてくれた「自然に!」という言葉ととてもよく似ているように感じるのです。

しかし、この黄金比によるヴァイオリンの各パーツへの重量配分の考えは、製作時の重量決定の答えにはならず、製作に取りかかり実際に各パーツ重量を決めるその時の一つの基準値としての役割を果たしてくれることが期待できるのではと考えています。

「白木で398gは重いなぁ。」となれば、例えば「横板46gで計算してみるか。」となり、これはバランス重視で白木の重さは386gで仕上がるという計算になります。
または、「裏板はもっと削れる。105gでやろう。」となれば、これはバランス的に裏板が軽量なヴァイオリンであるとして明確な個性を作り込むことも容易になるのです。

上記のように、この重量の関係に妥当性があると考えると製作者にとっては直ちに確かな意味を持ちます。
製作者としては正にその点がこの関係性をとても興味深いものとしているのです。

 

そして、ヴァイオリンって凄い!

アンドレア・アマティやニコラ・アマティに代表されるヴァイオリンの始祖、オールドクレモナのグランドマエストロ達の仕事に驚愕します。
ヴァイオリンは当時クレモナの新しい工芸品として売り出すため、かなり明確な設計がされたはずです。
設計するうえで、仮に黄金比の数列で重量を配分するにしても、当然重量以外の制約が同時に多くかかります。必要な強度を保ち、理想的で美しい形状も満たす必要があるからです。

例えば
今回の表板Bと裏板Cは47gもの重量差があります。ほぼ似たような体積の表板裏板をこの正確な重量比で作らなくてはいけない。これをうまく実現させたのは最適な材質をもつ木材を選定できた結果でしょう。
求める重量比、同時に強度も過不足なく加工が容易で美的に申し分ない。これらを満たす材料の選定はとても大変な課題だったと思います。
現代では表板はスプルース材、裏板はメイプル材、これがほぼベストだと答えが出ています。
現代では当たり前のこの組み合わせを最初に見つけた人は凄いです。特定の誰かではなく多くの人の試行錯誤の結果として見つかったのかもしれませんが。
とにかく、ヴァイオリンの完成度の高さ。故に新たな変更が難しいといわれる。その一端がここにも見えた気がします。