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資料とイメージ

第194回 畑 亮一 (2020.1.20)

現代ではヴァイオリンを作るための資料は世間にあふれていて「便利な世の中になったなぁ!!」と感心することしばしばです。
海外の貴重なデータもインターネットのおかげで労せずして手に入りますし、YouTubeなどでは、写真やポスターなど平面ではわからない立体の感じを動画で見ることができ、また当然音も出るので大変便利になったなぁと今更ながら感心します。

昔の話をすると笑われるでしょうが、僕が製作の勉強を始めた頃の工房にはヴァイオリン本体が身近に無く、ヴァイオリンを作るうえで大切なアーチ(板のふくらみ)のイメージが全くもってわからず、当時の親方さんに説明されても(本来言葉では説明しにくい類のものなので)なかなか理解できず苦労したことを今でも覚えています。
そんな時、楽器のイメージを作るのに貴重だったのが「演奏会のチラシ」です。

 

「若かりし頃のチョン・キョンファさん」

 

これはほとんどの場合、アーティストがヴァイオリンを携えていたり演奏している写真(しかもカラー!)だったのでこれらを参考に妄想を膨らませて作ったのでした。
(裏板はほとんどわかりませんでしたけど 笑)

「ゲアハルトヘッツェルさん」

 

それでもやっぱり自分なりにイメージを確かなものにするには実物のヴァイオリンの名器を見たり、演奏会で実際に音楽を聴くことが一番だと思います。(チラシから音は出ませんしね!)

これも古い話になりますが、とあるホテルで開かれた「名器の展示会」なるものに出かけたときに手にしたグァルネリデルジェス(1700年頃のイタリアの名器)の音の感触は今でも忘れられません。
「音を出してもいいですよ」と展示会のスタッフに促されておそるおそるアクリルのケースからその古名器を取り出し弓を軽く当てたその瞬間、野太い音の柱(直径40センチくらい?)が「ドーン!!」とホテルの天井に瞬時に届き跳ね返ってきてビックリ!その有無を言わせぬスピードと音圧!「これが本当のヴァイオリンの音か??」と仰天したものです。
この時の驚きと感触は今でも心に沁みついています。

また、何度か演奏会に足を運ぶうちに自分なりに感じたことですが、ヴァイオリンの音というのは例えて言えば色のあるいくつもの糸(絹と麻が混じったような材質)が捩られ、束ねられ一本の太い縄になったようなもので、独特な質感手触り感があるいうこと。
そしてそれは単に「美しい」「奇麗」というだけでは表現できないような様々なもの(楽音ですらないノイズのようなものも含め)が混じった「感触、質感」だということ。
そんな風なイメージを持ちましたし、今でもヴァイオリンの「音色」に関しての一つの指標のようなものになっています。

今見渡せばヴァイオリン製作に必要な「資料」は街にあふれ、キーをたたけば誰でもほぼ無限に必要なものは入手できるまでになりました。形状的にはいわゆる名器と寸分たがわぬ楽器も作れるのだと思います。しかし、ヴァイオリン製作にとって本当に大切なことは、もしかしたら自分の心の琴線にヒットする「何か」に出会うことかもしれないし、ヴァイオリンを作る人それぞれの「感じ方」「捉え方」こそが、それぞれの楽器の個性を生むのではないかと今では思います。

「近年製作したデルジェスモデルです。 少し資料倒れかも」