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ヴァイオリン製作科で教えてみて感じる事

第147回 安冨 成巳(2017.11.05)

こんにちは、山形市で工房を営んでいる安冨と申します。

私は現在国立音楽院宮城キャンパスというところでヴァイオリン製作科の講師を務めさせていただいています。今回はそこでの仕事で感ずるところを書かせていただきたいと思います。

 

 

今年、宮城県の加美町というところに東京の国立音楽院の分校が町の誘致・協力のもと設立しました。

国立音楽院は私が最初にヴァイオリン製作を学んだ学校です。

その学校で講師を出来るという事は嬉しくもありましたが、まだ日々勉強の身だと感ずる自分に果たして務まるのかという不安もありました。

半年間講師を務めてみて、技術指導の面に関しては、今まで私が国立音楽院東京校やクレモナで教わったやり方をしっかりと踏襲して、そこに未だ浅いながらも職人としての自分の経験を加えれば、なんとか出来ると感じています。

「人に教えることで自分も学ぶ」ということがよく言われますが、種々の作業技術を人に教える際、今まで何となくやっていた事や慣れて妥協してしまっていた事、まだ分かっていなかった事など、自分の技術についてもしっかり見直すことが出来、これは自己研鑽にも大きく役に立っています。

講師を始めたころの不安は上記のように技術面、職人としての経験の面が主でありましたが、今は別のところに難しさを感じています。

それは「生徒にどの程度まで要求してよいか」という部分です。

学校には様々な生徒が集まります。ヴァイオリン製作科というからには、ヴァイオリン職人になろうと強い意志を持って入ってくる生徒ばかりか、というとそうではありません。

ヴァイオリン職人になれるか自信はないが何となく興味をもち入学された方、趣味でやってみたいという方、別の目標があるがヴァイオリン製作の木工技術を学びその目標に活かしたいという方などなど・・

ですが折角入ってきたからには、まずヴァイオリン製作の魅力を味わってもらいたいと、教え始めた時強く感じました。

先ほど自分が習ってきた学校の教え方を踏襲すると書きましたが、私がヴァイオリン職人を目指して門をたたいた国立音楽院東京校では、最初17人の同級生がおりましたが、卒業のころには半分以下になっていました。

あの頃の指導が厳しかったかというと、当初は確かにそう感じていましたが、工房での師弟の修行などに比べると全然そのようなことはなかったようです。

自分が教えている宮城キャンパスはまだまだ生徒数が少ないこともあり(5名+副科1名)、1人でも欠けると学校としてもよろしくありません。

先述のように様々な境遇・目標の生徒がおり、彼らにまずはヴァイオリン製作の魅力を感じてもらういたいということから、個々の意欲や状況に応じて教え方を変え、人によっては手助けをしたり甘い基準で指導をし、なるべく早い段階でヴァイオリンを一台完成させてもらおうと、授業を続けてきました。

これは、自分自身ヴァイオリンを一台完成させてから作業に対する意欲がグッと高まったという経験によります。

しかしそのような指導では皆の作業に対しての緊張感を維持できず、また生徒どうしの競争意識も芽生えず、欠席も増え自習に励む生徒も少なく、学習の場としてダレたものになりました。

生徒一人一人はとても素直で言ったことはしっかりやってくれるので、このような状況にしたのは自分の指導の仕方に原因があると思います。

以前生徒と、ヴァイオリン職人ではなく寿司職人か何かの話をしていた時だったかと思いますが、「自分が教わるのに苦労したからといって、下の世代にまで無駄な厳しさを強要するのは馬鹿馬鹿しいことだ。」 という言葉を聞きました。

実際私自身わかる部分もあり、自分がヴァイオリン職人の修行をしていた時(現在も修行中ですが・・)、聞きたいことを教えてもらえない事が多く、技術伝達が非常に閉鎖的なことに対してよく不満を覚えていました。

 

職人として仕事をしている今でも、知らなければならない技術・知識は山ほどありますが、知ってみると意外に単純な技術や情報でも簡単に取得は出来ず、自分で実験・失敗を繰り返しながら得るという苦労をしなければならないことが多いです。

ですが、何においても苦労をして何かをつかんだ時のよろこび、充実感は非常に大きなものです。

なにか“道”を追求するという事は、自己を観て高めていくということにあり、“職人“という職業は古風な形式が残っているゆえに、現代社会においても自己に向き合い高めていくということに集中できる数少ない職業だと思います。

人に教えるという事をするまでは、そのような事を考えもしませんでしたが、教えることで自分の技術面での見直しだけでなく、職業観、生き方などについても考えさせられています。

今後、生徒の皆さんには職人という職業の厳しさや苦労を感じてもらいつつも、それを通してヴァイオリン職人という職業の魅力を伝えていけるような、バランスの良い指導が出来ればと考えています。