1. ホーム
  2.  > 連載コラム
  3.  > 第200回 菊田 浩 (2020.4.20)

私が目指している楽器(音色編)

第200回 菊田 浩 (2020.4.20)

前回2018年のコラムで、「私が目指している楽器(外観編)」と題して、主に楽器の見た目について書かせていただきましたが、今回は、楽器の音色について、私が何を目指して製作しているかをご説明させていただきます。
(ここに書きますことは、あくまでも私の主観的内容であることを、御了承ください)

製作者の考え方、ポリシーによって、新作楽器の音の傾向は変わってきますが、一般的には、以下の二つに分けられると思います。

①長い年月で熟成したオールド楽器の音を理想とし、それを技術的に再現するもの。
②新作楽器としての新しい音を良しとし、音色の熟成は後の経年にゆだねるもの。

①は、ストラディバリなどの名器を再現するプロジェクトが代表的なものですが、300年かけて熟成されてきた至高の音色を新作楽器で再現するために様々な研究が行われていて、成果も上がっております。
また、見た目が新しい楽器においても、オールド楽器の音を理想として、それに近づけることを目指している製作家も多いです。

②は、あえてオールド楽器の再現を求めず、生まれたての新作楽器としての理想の音を追求し、実際に年月を経て熟成することで、楽器本来が持つ音色を得られるという考え方です。

私自身は、②の、「生まれたての新作楽器としての理想の音色」を目指して製作しておりますが、もちろん、①の考え方を否定するものではありません。

実際のところ、現実的には、この①と②を明確に区別することはできません。
たとえば、私自身、新作ヴァイオリンとして良い音色を得られたと思える楽器でも、演奏者から、「新作とは思えない、オールド楽器のような響きを感じる」という感想をいただき、戸惑うこともありますが、その感想をいただけるのは、もちろん嬉しいことです。

このように、もともと、「良い音」という概念は曖昧なものですし、オールド楽器の良さとはなにか?、また、新作楽器に対する先入観もあるのも事実ですので、この二つの分類は、主観的なものに左右されますし、矛盾をはらんだものでもあると言えます。

最終的には、①と②、どちらのポリシーであっても、良い技術で製作された楽器であれば、同じ方向性の音色に近づいていくのかもしれませんし、現実としては、その中間に新作楽器として理想の音色は存在するのかもしれません。
山の、東と西、どちらから登っても同じ頂上を目指すようなものかもしれません。

ただ、私個人の頭の中では、自分の目指す音色の方向性は明確にイメージできていて、その実現に向けて、具体的なアプローチを続けているところです。

以下、私が目指す楽器について、列記してみます。(あくまで、主観です)

①音の改善のために楽器の強度を犠牲にせず、300年(?)の年月に耐える楽器を目指す。
②完成した楽器は、生まれたての子供のような元気な声で歌い、年月とともに成長し、時には声変わりもし、怪我や病気も経験し、最終的に熟成した音色を持つようになる。
③けれど、生まれたての楽器であっても、音楽表現という点では、演奏者の要望に応えられる性能を持っていなければならない。(十分な音量、音色の多様性、ダイナミックレンジ、バランス、弾きやすさ、反応の速さ、音の余韻、伸び、など)

以上の3つの考えを基準にして製作しています。

一方で、新作楽器は、いろいろな演奏者のもとでその生涯をスタートさせますが、プロの演奏家から音大生、初めてのフルサイズへの持ち替え、そして、アマチュアの音楽愛好家でもベテランから初心者まで、楽器に求められる性能は様々です。

すべての演奏者に対応できる万能の楽器を製作できれば理想ですが、現実的には難しいです。
たとえば、プロの演奏者は日常的に大きなホールで演奏しますので、会場の隅々まで音が届く性能が求められます。
一方で、アマチュアの愛好家の場合は、大きなホールでのソロ演奏はめったになく、多くは自宅かレッスン室での演奏になり、狭い空間で弾いている奏者にとって、心地よい音色に聞こえることが、重要な性能になります。

また、演奏の形態が、ソロ、オーケストラ、アンサンブル、室内楽などによっても、求められる性能は違ってきます。

私の場合、楽器製作の依頼をいただいた時には、十分に相談した上で、お客様の演奏スタイルに最もマッチした楽器を製作できるように、材料の選定から始まり、アーチの形状、厚み配分、バスバーの削り方、そしてフィッティングの方法など、多方面にわたって検討しながら楽器を製作しています。

もちろん、前述の①~③の項目で基本的な性能は決まっていますので、変更点はその範囲内での話ではありますが、完成した楽器が最初のお客様に気に入っていただけるかどうかで、その後の何十年、何百年という楽器の生涯が違ってくると思いますし、なにより、お客様に喜んでいただけることが、製作者として何よりの喜びですので、一台一台、良い作品を生み出していきたいと思っております。

良い音色になることを祈りながら、ヴァイオリンのボディを閉じます良い音色になることを祈りながら、ヴァイオリンのボディを閉じます