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4本のノミ

第65回 菊田 浩(2014.02.05)

私がヴァイオリン製作を始めたのは18年前、35歳の時でした。
音響エンジニア一筋だった私にとって、ヴァイオリン製作は未知の世界で、どんな道具を使えばよいのか見当もつきませんでしたが、すぐにでも作りたい気持ちを抑えられず、とりあえず近所のホームセンターでノコギリやカンナを購入しました。
そして、ブロック材を削るためには「平ノミ」が必要ではないかと思い、いろいろなサイズがあって戸惑ったのですが、これくらいのものがあったら用は足りるのでは?と見当をつけて購入したのが、この4本のノミでした。

ホームセンターで売っている、日曜大工で使うようなノミですので、決して高価なものではなく、いわゆる入門者向けの製品でした。
それからすぐに1台目の楽器を作り始めて、1年後、悪戦苦闘の末、完成しました。
あまり深く考えずに選んだ4つのサイズでしたが、意外と、この4本のノミはそれぞれの持ち場で十分に活躍したので、サイズの選択は間違っていなかったのかもしれません。

その後、2台目、3台目と製作していくときも、この4本のノミを活用しましたが、いろいろ知識が増えてくると、もっと高級なノミを使ったほうが切れ味も良くて、よい楽器ができるのではないか?と思い始めました。

10台目を完成したころ、プロへの道も考え始め、そろそろ、良い道具を使うべきではないかと思い、高価なノミを購入してみました。
切れ味が良いので、仕事もやりやすくて良い楽器が製作できると期待して使い始めたのですが、実際は、どうも違和感があるというか、しっくり来ない、不思議な状況になってしまいました。

平ノミが最大限に活躍する、ネックの仕込み作業。 切れ味も大切ですが、刃先から伝わってくる感触、フィーリングも重要です。平ノミが最大限に活躍する、ネックの仕込み作業。 切れ味も大切ですが、刃先から伝わってくる感触、フィーリングも重要です。

使っていれば慣れてくると期待しましたが、その後も違和感が続き、結局、そのノミは使わなくなってしまいました。

おそらく、高級なノミというのは、使い手にもそれなりの技量を求められるシビアな面があり、私の技術が追いついていなかったのだと思いますが、それだけではなく、4本のノミは、長年使い込んでいくうちに、手に馴染んでいたのかもしれません。

本来、叩きノミとして売られていたので、柄には金属のリングが 有りましたが、外して、手になじむように丸めました。本来、叩きノミとして売られていたので、柄には金属のリングが 有りましたが、外して、手になじむように丸めました。

また、入門用という位置付けの道具ですので、良い意味でアバウトな性格を持った刃物ということが、いろいろな場面でノミを使いこなさなければならない弦楽器製作という仕事に合っていたのかもしれないと、私なりに分析しています。

今年、ヴァイオリン製作を始めて18年になりますが、今までに製作した全ての楽器の大切な部分を、この4本のノミで削っていますし、これからも、私が楽器製作を引退する時まで、大切な相棒として手元から離れることはないと思います。

もの作りの道具は奥が深いですが、お金を出せば理想的なものを買えるというわけではなくて、出会いがとても大事ですし、その出会いに感謝しながら長くつきあうことが大切ではないかと、人生と照らし合わせて思う今日この頃です。

次回は2月20日更新予定です。