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気付いたらヴァイオリン製作者になっていた。

第92回 久我 一夫(2015.04.05)

思い起こしますとヴァイオリンを習ったのが小学4年生の頃でした。
音楽の先生が、「ヴァイオリン習いたい人?」で・・・親に相談もせず、深く考えずに「習いたい」と言った一言から歴史は始まります。直ぐに小さなヴァイオリンセット一式が届いて! 親は大層驚いたらしい。

1957年1/2ヴァイオリン1957年1/2ヴァイオリン

1/2の木の香りが心地良い深紅の1957年製のヴァイオリン、中にはcopy of Antonius Stradivarisu 1720と書かれていた。
なぜか、ストラディヴァリウスと言う名前を既に知っていた気がします。
毎日、毎日練習し、練習が終わると、今では信じられない行動をとった。・・・床用のワックスで磨いてピカピカに大切にしていました。

同級生のA子さんと同じ深紅のヴァイオリン、音がキンキンして子供心にも決して良い音とは思えなかった。A子さんのお姉さんのヴァイオリンは綺麗な音で、淡い色、の虎杢模様も綺麗で上品なヴァイオリンでした。高いヴァイオリンだ!と子供ながらに勝手に妄想しました。ヴァイオリンレッスンは訳有りのたったの2年間でした!

それから数十年が経ち 私のヴァイオリンは、ワックスでしっかり磨いたせいか? 押し入れで静かに眠りについていました。今58年近く経っても音は相変わらず良い音ではありませんが、キンキンが無く鳴り、柔らかい音に熟成しています。

成人し、友人のクラッシクファンに誘われベルリンフィル、イスラエルフィル、パールマン、ギトリス、ムター、ウート・ウーギ、スターン、リッチなどなど名手が名器で奏でる音を聞く機会を重ねる。しだいに音の違いがインプットされ、当然ながら子供の頃のバイオリンの違いとは、いや普段耳にする音とは次元が違う大きな差を感じるのと同時に衝撃的な感動を沢山経験しました。下手な横好きで、趣味は、木彫や絵画をし、写真現像・・・それが・・・ なぜか今プロのヴァイオリン製作者になっていました。

サンミケールサンミケール

ヴァイオリンを作る人が、誰もが最初に無謀にもストラディヴァリのような・・・と思う。思い起こせば、ストラディヴァリなどの音を聞き・・そこからヴァイオリン作りがスタートした。板の厚さを測る器具が無い、じゃあ作ろう、なんでも工夫しなが始まりました。

思えば数十年ヴァイオリンを作る中、300年前の師匠達が居たクレモナの空気を共有しながら作ってみたいという思いが頂点に達した・・・会社を辞め、イタリア・クレモナのヴァイオリン製作学校で、初心に戻り学ぶことになった。サンミケーレ教会の隣りのアパートの最上階に住み、毎日響くラ・カンパネッラは美しかった。 屋根の上でさえずる、つぐみ? いや??ナイッチンゲール?はオペラのソプラノそのものでした。

そして毎日ストラディヴァリ様とグァルネリ様に挨拶し、楽器を拝見させていただく生活が始まりました。クレモナを選んだ理由は、作り方を習うためではなく300年前とほとんど変わらない景色の中に自分を放り込み新たなスタートを切らせたかったのです。イタリアでは、災難にも遭い、生まれて初めて救急車に乗り、皆さんに大変お世話になりました。またヴァイオリン以外にもいろいろな素晴らしい経験が出来ました。ワインしかりグラッパしかりドルチェ、野菜果物・・・ご近所つきあい・・

ストラドをタップする私ストラドをタップする私

余談ですが、クレモナでヴァイオリン以外に、イタリア人剣道師範から剣道を習う!、クレモナでヴァイオリンを作る人に剣道をする人が多かたのにも驚いた・・・なぜなのだろうか今も不思議に思う?会員の江畑さんもクレモナ剣士だった!
2000年を過ぎた頃から、いろいろな関係で名器を調べさせていただく機会が増えました。名器に触れ、弾かせていただき、タップし、厚さを測らせていただくことが増え 結果的として名器を通して300年前のマエストロ達に教わる事となりました。お笑になるでしょうが、今ではストラディヴァリ大先生、グァルネリ・デル・ジェズ大先生と本気で思っています。

イタリアから帰国し、この10年近くは、名器に教わる情報を確認するという、忍耐が要る実験を繰り返す日々が朝から深夜まで続きました。年を重ねるごとに、理解とそれを生かすことの難度が増し、何度も挫けそうになりました。これではやっと良い楽器を作る頃に命が終わると感じました。

300年前の名器は、すでに寿命が近づき、もし無くなったら、この音を聞けなくなる・・・大胆にも少しでも、そのニュアンスを感じる楽器が残せたら、残したいとの熱い思いで製作しています。・・・・・が、ワインが入ると・・もう少し若かったらと思う今日このごろです。

新川新川

最近は、ヴァイオリンの事ではなく、好きなワインの量も減らさないとと悩んでいます。近くに流れる今桜満開の新川をPoo川と勝手に名づけ、また近所のイタリア仕込みのピザ屋さんに通い、そんな東京から39分の八千代市の仮想空間でサンチョ・パンサも居ませんが、モクモクと仕事をしています。

新作でもオールドの音の香りがするをヴァイオリンを作りたいと、挑戦しています。
床用のワックスで磨いた1957年製・1/2のヴァイオリンは、今年で58才になります。まだピカピカで、この楽器がご縁でヴァイオリン製作家になってしまった今に至るお話でした。今は・・新しいヴァイオリンは、決して床用ワックスでは磨きませんので ご安心ください。

工房工房

 

次回は4月20日更新予定です。