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おはようからおやすみまで

第210回 清水 陽太 (2020.10.5)
清水 陽太

コロナ禍でどうしているの?というと、黙々と楽器を作ったり修理したりしております。

私に限ったことではなく、SNS上に散見される友人・知人同業者の数々の新作、そして箱を閉じる際には各国の状況に応じた特別近況書きもよく見かけられました。つまり外出禁止令下で有るとか、特別な状況下であることが記されていました。私もこの期間に一挺のチェロを仕上げましたが、そういえば箱の中にはもちろん、証明書にも書いていませんでした。しかし、とても特別な注文だった為に忘れる事はないでしょう。

弦楽器製作者史で見てみると1630という年は北イタリアにペストが流行り、マッジーニやジェローラモ・アマティが正確な記録はないものの、その犠牲になったとされています。

クレモナ弦楽器製作学校での国語の時間にイタリア語の先生がビデオ学習としてA.マンゾーニの「許嫁」の映画作品を見せてくれた事をおもいだします。作品の時代設定はまさにこの28~30年となっていて、あの映画に再現されている当時の生活の雰囲気や、良く知っている弦楽器工房の雰囲気とを重ね合わせると空想の中でリウタイオ(弦楽器職人)たちが動き出すのです。しかし何を思い、感じて、考えて楽器を作っていたのかは想像もつかないまま。まるで無声映画を眺めるように。

そんなときから約110年経った年にヴェネツィアで作られたチェロが今回の型でした。

そしてさらに凝った装飾注文であった為(装飾モチーフは私とお客さまのオリジナル)、本当に自分一人の力で完成するかどうかという不安もありましたが、やり遂げることで自身のスキルアップになる!という楽観的前向き思考で身を乗り出します。はじめは、どうしても無理なら美大卒の友人に彫刻をお願いできるという保険が身近にあったのは内緒。

楽器の特徴を全て書くと長くなりすぎるので、今回はその大きな壁だった彫刻について記します。通常は渦巻きの彫刻がある糸巻き箱の先端に、いつどこに端を発したのかライオンの頭の彫刻がほどこされている物があります。ライオンヘッドとも呼ばれます。

ヴェネツィアの作者の型(モデル)が欲しくて、そこにライオンの頭が欲しいので、ヴェネツィアといえばあのライオンじゃないですか!ということでサンマルコ広場にある彫像の頭部がご注文です。むぅぅ、ワタクシこれまで渦巻き以外の物は彫ったことがありません!!

先述の友人が実は2挺もライオンヘッドの楽器を所有しておられるというこれまた不思議な天の助けのもと、早速詳細を見せてもらいに伺います。

ひとつは比較的解かり易い精悍なライオン、もう一つはデフォルメが入った神話に出てきそうな感じのライオン。いずれも基本的な構図が似ていますので私もこれを取り入れます。

顔のうつむき加減がそれぞれ作者によって意図があり違いがあるようですが、あまり左右に首を振っているライオンはそういえば見たことがありません。ヴァイオリンやヴィオラで楽器を構えてライオンが譜面台の方を見ていたら音を間違えると何かが起こりそうな気がして気が散りそうです…彫像の目と視線が合うと呪われるなんて話もありましたね。

まずは、ラフスケッチの三面図をもとにサクサク彫れるフローラルフォームで手順確認をします。

 

 

 

 

 

 

いきなり高価な材料を彫り込む危険は冒せず、またニスは透けて木目も見えるため失敗したらそこだけ新しく木をつけて修正ということも格好悪くなるので極力避けなければなりません。つまり一削りの失敗も許されないのです。

ネック材の木を彫り込み始める時には全体を掘り進めていく手順と位置バランスを把握しておくことが必要です。

 

 

 

 

一つ目はまず勢いで立体を作ってみます。勢いで、と言っていますがこれにも最大の集中力がいります。

手順を記録するような余裕はまだこの時には無く、とにかくそれらしい立体にできるかどうか資料の写真とにらめっこしながら刻みます。フォームを売っていた花屋さんもまさかこんなことになっているとは想像すらできないでしょう。 

2つ3つ目で各部分の位置修正や切削手順を文章と写真で記録しながら実際に木材を掘りはじめる準備を進めます。頭部は割と早く感じがつかめたのですが”ヴェネツィアのライオン、有翼獅子“に欠かすことのできない羽をどのように糸倉のあの形の中に収めるか?も複数のフォームモデルを作って検証する必要がありました。 

では、いよいよネック材に彫り込んでいきます。

 

 

 

 

口の中は上下の牙を透かし彫りにしたり削る範囲も広く細かい造形がないので電動工具も使いますが基本的には刃物で掘り進めます。トラ目の入ったメイプル材は欠けやすく、繊細な部分は電動工具のパワーは非常に危険なのです。

 

 

 

 

牙の部分は敢えて上下顎から切り離さずつなげたままにします。

尖らせた先端を見せた方が迫力が出るか?と思いつつも、先端を作らないことでより長い牙が有るように見せることができるという事に気が付きます。やはり牙は犬歯みたいなのがちんまりあるより長い方が迫力がでます。まぁ、最終的には僅かにつながっている程度に落ち着くのですが

 

 

 

 

数種類の幅、形のノミや彫刻刀とナイフを使います。最終的に一番仕上げで活躍したのはこの1mm幅の平刀です。力を入れて使わないので切れ味が落ちると何度も研ぎなおします。

手順をあらかじめ理解しているため、ここではあまり途中の写真を撮っておらず、先述の保険を使っていない証拠写真(笑)に前面の加工中のものがありました。猿でもビリケンさんでもなくライオン製作中です。

 

 

 

 

顔面がある程度進んだら、今度はタテガミに取り掛かります。ライオンがライオンに見えるための(メスライオンごめんね)重要か所ですが、このサン・マルコは造形がちょっと違います。まるでヴェネツィアの海から海藻でもかぶってきたかのようなワカメ頭。。。

しかも重層的な造形になっているのでなかなかに手間がかかります。

 

 

 

 

タテガミ、顎鬚までグルっと一回りしたら細部に手を入れていきます。

最終的な仕上げはペグボックスも含めたヘッド部全体を仕上げながら行うのでここではまだ完全に仕上げません。

 

 

 

 

そして、有翼獅子ですので、羽に取り掛かります。ここは向きや曲がり方など本物の像とは違う形をアレンジし楽器のヘッド形状の中に落とし込んでいかなければならないので、実は一番悩んだところかもしれません。

ペグボックスのサイド部分は肉付けをすると丸みを帯びた、それもまた美しい羽の部分が出来上がるとは思いますが、私が作っているのは楽器ですのであまり重量が増えてしまうと音響に影響します。しかも今回はガット弦で鳴らすことが前提の設計です、極力重さを排除していることもあり肉付けはできません。薄くレリーフを彫り込んでいきます。翼は工房ロゴにも用いている好きなデザインのモチーフです。自作の楽器にこれを盛り込めるタイミングが訪れたことはとても幸運なことでした。

 

 

 

 

上あごのひげを追加し完成しました。響胴に取り付け仕上げた後ニス塗りに入ります

黄色系の下地で見事に金獅子になりました。

 

 

 

 

ニス塗りに入ると乾燥時間があるため、一日のライオンに向かう時間は激減しますが(長くて2時間ほど)彫像中はホントに寝食忘れず(これはいい仕事には大事!) おはようからおやすみまで向き合っておりました。めったにない仕事で、最後まで形にすることができ良い経験をさせていただいたと思っています。

ニスを塗り、セットアップを終わらせ、ヴェネツィアオマージュなガットチェロが完成しました。今回は彫刻だけを取り上げましたが、横板の装飾もあったりしてブログに記そうとは思いながらも、大がかりな修理が詰まっている為なかなか進んでおりません。そのうちにとは思いながら。興味のある方は、新作の写真としてHPには掲載して有るので拙WEBページからご覧ください。

今年は展示会が中止の憂き目に遭いましたが、ぜひ次回展示会にはたくさんのお客様をお迎えできることを願っております。

最後に筆者のうしろすがた。

一昔前にライオン像付近にいた写真が出てきました。。。

この頃はまさか楽器のアタマに彫るなんて夢にも思っていません。

また以前のように渡航できるようになれば、彫らせてもらいましたと報告しに行きたいと思います。(誰にだ?)