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原体験

第3回 畑 亮一(2011.03.05)

子供の頃は音楽の授業があまり好きではなかった。学校で教わる楽典の基礎など全然面白くなかったし一体それのどこが「音楽」なのか分からなかった。ただ、合唱やリコーダーなどの器楽演奏は好きだったので「音楽」そのものが嫌いではなかったようだ。

そんな「音楽」と縁遠かった僕が生まれて初めて「バイオリン」と出会ったのが確か中学3年の頃だったと思う。ボーイスカウトの先輩の家で彼が見せてくれたバイオリンをなんとなく不思議な物のように眺めていたのだけれど、弓を見たときのことは今でもはっきりと覚えている。
その先輩が張ってある弓のねじを緩めてフロッグ(黒い持ち手の部分)を外して見せてくれたときには衝撃だった。

弓には馬の尻尾の毛を張る弓には馬の尻尾の毛を張る

バラバラなのだ。何が?って、それまではおぼろげに、そこには例えば「かんぴょう」のような白い平たい物がついていると思っていたところがなんと無数の細い白い毛が集まっていたからだ。なんとも世の中には不思議なものがあるのだなあと感心したのを今でも思い出す。

そんな記憶もあったからだろうか、大学に進学した時なぜか同じ下宿の学部の先輩に質流れの安物バイオリンをもらったのでそれを持ってなんとなく大学オーケストラに入団、再びバイオリンと出会うことになる。
入団当初は「今からバイオリンを始める初心者がそんな弾けるようになるわけないんだから、在学中に一回ステージに乗れればいいほうかな?」くらいに思ってたのだが、バイオリン持ち始めて半年後には初めてステージの上で演奏会というものを経験。それからというもの大学の講義もそっちのけで部室に直行し大学オケ漬けの日々を送り、バイオリンと音楽に嵌りまくった大学生活となった。そうなると現金なもので、子供の頃に学校では見向きもしなかった「楽典」も必要に迫られ何冊か本を買って自分で勉強したりした。

ただ貰い物のバイオリンはいかにも安物で、「カーカー」と情けない音しか出なかったし弾いてると指板(指を置く黒い部分)の染めが落ちて指が黒くなったりした。これではいくら練習をやっても全く面白くないしなんだかちっとも上達していないような気がする。悩みに悩んだ挙句、一念発起してバイオリンと弓を初心者の学生が持つものとしてはかなり良いものに買い換えた。

楽器が新しくなったとたん、ただのボーイングの練習がもうすごく楽しくて「音楽やってる!」

いろんな思い出が詰まった大学時代のバイオリン。しっかり調整して今でも現役。いろんな思い出が詰まった大学時代のバイオリン。しっかり調整して今でも現役。

って気分になる。いままで半ば義務的にやっていた音階の練習もなんだかすごくフレッシュに感じたし、実際その頃から上達が早くなったようだ。その当時一年上のバイオリンの先輩に「おまえ上達したなあ」と褒められた嬉しさは今でも覚えている。

あの時の、突然世界が開けたような楽しさは今思えば僕の仕事の原点になっている。弦楽器制作・修理の仕事に就いて20年以上経った今でも、楽器に弦を張り弓を当てる瞬間は、それが修理に来たお客さんのものだろうが自分の制作したものだろうが、なんとも言えないワクワクした感じを覚える。このワクワク感が僕の仕事の原点だ。

そういえばこんなこともあった。バイオリンを新しくしたのはいいが移弦がどうも上手くいかない。弾いているときにとなりの弦に弓が触れてしまうのだ。そのころ自分は移弦が下手なのだと思いこんでいたが、この仕事に就くようになってからあらためて

バイオリンの駒。こんな小さな部品が意外と大切。バイオリンの駒。こんな小さな部品が意外と大切。

自分の楽器を観ると駒の上部の丸みが普通よりもフラットなのがすぐに分かった。要するに自分の演奏の癖だとばかり思っていたことが、ちょっと楽器の調整をすることで簡単に解消出来るということが解ったのだ。
「な~んだ、そうだったのか!」目からうろこである。

些細なことだけれどこの時の経験が、「お客さまには、出来る限りいいコンディションで余計な苦労をせずに演奏を楽しんでもらいたい。」という今の僕の工房の修理・調整のスタンスの原点になっている。そして僕自身がそう感じたように、バイオリンを通じて人に充実感や幸福感を味わってもらいたいという思いは今でも持ち続けている。

今あらためて思いだせば、本当にいろいろな縁や巡り会わせでここまで来られたように思う。それらを全てここに書き記せばとてもスペースが足らないが、最後にひとつだけ・・・。
最初にバイオリンと僕を出会わせてくれた先輩とはその後どうなったのか・・?
・・・なんと最近30数年ぶりに再会を果たし、今或るアマオケで一緒にビオラを弾いている。
縁に感謝である。

次回は3月20日更新予定です。