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「毛替え」について

第264回 三枝 佳世 (2023.3.5)

 今回は毛替えについて私の考え方やよくある質問についてお話したいと思います。

私は毛替えの方法や考え方について‘必ずこうでなくてはいけない’というものがあるとは考えていません。
ここにまとめた内容は私の経験や考えをまとめたものです。この他にも様々な考えやご意見があるかと思います。
今までのコラムでどなたかが毛替えについてお話をされているかもしれません。
毛替えについての1つの考えとして参考にしていただけたら幸いです。

 

弓に関する作業で一番多いのは毛替えです。
毛替えは弦楽器奏者にとっても一番身近な、頻度の高いメンテナンスの1つだと思います。

毛替えはとても大切な要素です。
古い毛を使用していて新しく毛替えをしたら音が変わった、弓の操作性が良くなった、という経験がある方もいらっしゃると思います。弓の構造はとてもシンプルです。故に小さな変化を施すだけで音や操作性に違いが生まれますが、毛替えは一番簡単に変化を作ることができます。毛替えによって弓本体の個性を変えることはできませんが音や操作性を改善させることは可能だと思います。

多くの弓職人、又は楽器職人が行う毛替えも方法は一つではありません。
毛替え用のセッティングは体に対して縦か横か、結んだ毛の束をフロッグ側から入れるかヘッド側から入れるか、プラグ(毛の結び目を押さえる木)にはどんな木材を使うか、毛を濡らす程度はどれ程か…等々それぞれの職人が最適と思われる方法を用いて毛替えをしています。使用する道具も人それぞれだと思います。オリジナルの道具を作っている職人も多いと思います。毛の量、季節に合わせた毛の長さ、プレイングサイドのテンション等職人がそれぞれのプレイヤーの希望や演奏に合わせて毛替えをしています。

 

以下、毛替えの際のよくある質問に対しての私の考えです。

 

・毛の種類はどういう物がありますか?

―毛の種類としては白、黒、茶、ミックス(白黒)があります。
産地として一番多くある物はモンゴル・中国です。その他はイタリア、カナダ、シベリア、日本等があります。(以前はアメリカにも馬毛を扱う牧場・会社があったそうですが現在ではほぼゼロだそうです。)それぞれの地域で馬の種類、飼育方法が異なる為、馬毛の特徴も様々です。日本やカナダは食用で飼育されていますが、モンゴルでは放牧されている為、天候によって餌の量や質が変わってしまいます。その結果、個体の成長にも影響が出てしまい、毛の質、長さも左右されるそうです。

毛を取る馬はと殺された馬、と馬毛屋さんから聞いていましたが、最近おもしろい話を聞きました。モンゴルでは遊牧民が馬を飼育しており、馬の餌の牧草がなくなると他の場所に移動しながらゲルで馬と一緒に生活しているそうです。その為、遊牧民は馬をとても大切にしているそうです。モンゴルの馬毛業者は遊牧民のいる場所を車で回り、馬毛を集めるそうで、モンゴルの広大な大地を駆け回る馬、それを大切に育てる人たちの姿を想像すると改めて弓は自然や動物の力を借りて出来ているのだな、と実感します。太さは様々ですが特に黒、茶色の馬毛は白毛に比べて太いものがあります。私はコントラバス弓の毛替えも多い為、黒、茶毛は太いものを使用しています。白毛の選別基準も国によってちがうそうです。ヨーロッパの白毛は他と比べ茶色が多く混ざっている印象です。また、白毛と言っても真っ白ではありません。少しクリーム色がかった色ですが、それが自然の色です。真っ白の物もありますが漂白された物も多く、漂白済の物は一般的に切れやすいと言われています。

 

・毛替えの頻度はどれくらいがよいですか?

―頻度としては6か月に1回程度を推奨します。
毛は湿度によって伸びたり縮むことがあります。日本は夏と冬の湿度の差が大きい為、季節にあった毛の長さで毛替えをすることが大切です。毛の伸び過ぎは弓のバランスを悪くし、操作性が悪くなる原因です。
練習量が多い場合や松脂の乗りが悪い、引っ掛かりが悪くなったと感じる場合は6か月以内でも替え時です。また、弓を使用せず放置すると毛が酸化し切れやすくなります。

 

 

毛替えはとても難しい作業です。世の中に同じ弓が2本とないように、毛替えもそれぞれの弓に合わせて行うことが重要です。
毛替えのしやすい弓、しにくい弓があるのも正直な感想です。様々な弓の個性も理解しつつ、これからも弓の専門店として馬毛にこだわり、弓を良い状態で使っていただけるようお手伝いができれば幸いです。毛替えについてご意見等お聞かせいただけたら今後の参考にさせていただきたいと思います。