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バランスの美

第172回 河辺 恵一 (2019.2.5)

この度のコラムは、河辺恵一が担当させていただきます。 

今回は弓についてではなく、楽器のことについて書かせていただきます。 

さて、皆さんは楽器を見る時に、楽器のどこをご覧になっていますか? 
・楽器全体のフォルムやバランス。
・表板から感じられる楽器の表情。
・使われている材質、木目、ニスの色や仕上がり。
・スクロールの形や彫り、カーブのバランス。
・パフリングに見られる細部の整え方。
・Cバウトのコーナーやエッヂの仕上げ。
・アクセサリーパーツの材質とフィッティング。
・楽器全体のマッチング。
などなど、その他にも「私はここを見ている」という様な、それぞれに注目しているポイントなどもあることと思います。 でも、先に上げた見るポイントなどは、少し慣れれば誰でも気が付ける当たり前な部分でしょう。 

しかし、正直に言えば「どこをどう見て良いものか分からない」とか、「いい音がする楽器がいい」と思う人も多いと思います。 最終的には「人に薦められたり、惹かれた好みで選んだり」となるのではないでしょうか。 
確かに最終的には、買う人の好みは大事な判断基準でもあります。しかしこれが、ヴァイオリンの専門課程へ進む人が弾くための楽器選びとなると、これまた考慮すべきことも異なってまいります。 

さて、楽器のコンペティションとなると、200本や300本の楽器が並ぶことなどは多々あります。その様な場合の審査とは、いったいどの様にして予選通過やファイナルへ残る楽器を選んでいくのでしょうか? 
一般的に考えれば、全ての楽器を弾いて公平に審査しているのだと思うことでしょう。しかし、実際には弾かれることも無く、指ではじかれただけで外されていく楽器の方が多くあります。

ほんの20年~30年くらい前までは、楽器を製作する側と楽器を販売する側とでは、楽器に手を加える仕事の範囲も異なっていたと思います。しかしここ近年の傾向としては、製作者が初期設定として作り込むセッティングまでもが、作品としての仕上がりとして出展されるまでに進歩している様に感じられます。 

では、審査をする側の視点とは、どの様なことを見て比べて判断をしているのでしょうか? その様ないくつかの具体的な楽器のセッティングについて触れてみましょう。
先ずは、基本的なネックと弦周りのセッティングから。
・楽器のネックセッティングの角度や中心バランスとネックの仕上げ。
・ネックと関連する指板と駒のカーブ、弦高、弦幅、弦長などのセッティングバランス。
・指板の厚みや反りの削り、裏側の処理、指板全体の仕上げ。 
・ペグの水平垂直などのセッティングバランスやポジショニング。
などなどと、関連してくるセッティングから作り出されるところには、ネックと弦の周りだけでもこれだけあります。 それらは製作する側が「どこまでを意識して仕上げているのか」という、楽器全体のセッティングバランスの作り込みの完成度ということにもなります。 もちろん楽器の弾きやすさや音の発音性、鳴りのバランスにも直結してきます。 

先に記した様なコンペティションとなると、現在の審査員の多くは、それらを経験して来たこれまでのコンペティターの製作者たちです。楽器の作りという中にある手本とするべき仕上げのポイント、というところを心得ている目と感覚からの判断ということになります。
良い音がするからそれが一番という様な、一人一人が異なる主観から選ぶ、好みという選択とは少々異なってきます。 新作楽器本体のボディーでは、センターの接ぎの修理や製作過程での割れ修理等がある場合には論外です。

コンペティションのファイナルに残って来る楽器を見ると、ほぼ全ての人たちが同じ様なことにお気づきになると思います。 それは簡単に言うと 楽器全体から感じさせる「バランスの美」ではないでしょうか。
それが、ヴァイオリンという楽器が長い歴史の中で磨かれて来た、楽器の魅せるバランスの美というところなのでしょう。 そして「その楽器を弾いてみたい」と感じさせてくれることでしょう。

その様なことを書き出すと、これまた止めどなく続いてしまいそうなのでこの辺までとして、次は下記に掲載するネック周りの5枚の画像とその補足説明の紹介です。(ちなみにこの画像の楽器はヴィオラです。)  

【Photo #1】・ネック元のカーブや太さ、ネック元の曲面の削りと仕上げ。(持ちやすさやハイポジションへの移動がスムースに行えるポジショニングの治まりに直結します。)  

【Photo #2】・ネックヘッドのつけ根からのカーブと曲面の仕上げ。(ローポジションからハイポジションまでの連結した一体感のあるスムースな弾き手側への治まりのアプローチ。) 

【Photo #3】・ペグボックスとペグのセッティング。(4本のペグポジションは、チューニングのし易さや弦の張り替え、他の弦への干渉をなくして、上ナットからの弦の角度にも影響します。) 

【Photo #4】・ペグボックス奥のスペース。(ここの掘り込みは面倒な場所のひとつ、製作者の気遣いも表れます。ここのスペースが浅いと弦交換がし難くなります。 ペグボックス内の幅が極端に狭いのも、後々のペグ周りの必要な調整頻度も多くなります。) 

【Photo #5】・上ナットの仕上げ(上ナットの処理は弦幅や弦高を決めたり、弦をペグへとナビゲートする流れのセッティング、ナットの角が親指に引っ掛からない様にするエッヂ処理など、細かな気遣いも表れます。)

楽器のセッティングには、関連して必要となる部分が多くあります。楽器を構成するパーツの数は、弓とは比べ物にならない程あります。それだけに、それら全体から構成されている楽器のセッティングには、それぞれに必要な役割もあることになります。

楽器製作という3次元立体のパズルの様な組み合わせの中にも、フィボナッチの黄金比の様な自然界と通じる「作りのバランス」がある様にも感じられます。人類が天然素材とアナログの文化から作り上げた、最高の音響バランスを有する楽器のヴァイオリン。
300年の歴史と一言では済まされない程の先人たちの知恵と改良とを基に、現在まで続いているヴァイオリン製作があります。
過去の逸品とされる作品から学び取れる楽器の中の黄金比は、バランスの美を表現するひとつのヒントなのかもしれません。   

ヴァイオリンという楽器が含み持つ「魅せるバランスの美」。 楽器の音色と共に、その様な魅惑の楽器の世界を作り出す現在の楽器製作者たちの作品が集う、次回「第11回・関西弦楽器製作者協会展示会」どうぞお楽しみに。