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楽弓工房の視点・弓と馬毛と毛替えについて

第213回 河辺 恵一(2020.11.20)
河辺 恵一

皆様こんにちは、

アトリエハーモニー 代表 : 楽弓製作者の河辺恵一です。

今回は「弓と馬毛と毛替えについて」のお話です。

皆さんご存知の様に、馬は世界中で飼育されています。 そのため、毛替えで楽器店や工房へ行った時「これは ~産の馬毛です」という話を聞かれることがあるかと思います。 私もこれまでに色々な馬毛を取り寄せて試しました。 遠いところではアルゼンチンからも、多い時では7種類にもなりました。

しかし馬毛の種類を揃えだすと、それもまた質の管理が大変なことになりました! そしてそのことから私が学んだことは、「馬毛の安定した品質管理の継続は難しい」ということでした。 このことは全くの予想外のことでした! 

馬毛が弓に使われる様になったのは、モンゴル地域に伝わる馬頭琴が始まりだとされています。 馬頭琴から二胡へと進化して変わっていったとか! それがシルクロード交易からヨーロッパへと伝わり、リュートから進化していったヴァイオリンと結びついて、その後の時を経て現在の弓が確立されたとの説が有力です。(国によっても説は少々異なる様です)

では、なぜ馬の尻尾の毛なのか?というご質問も受けますが、「馬のように良質の長い毛を持っている動物は他にいないから」というのが私の意見です。

さて、現在使われている弓用の馬毛について、具体的に見ていきましょう。

画像①,②の様に、馬毛は束ねられています。 しかし、この一束が一頭の馬から切り取られた尻尾の毛な訳ではありません。 多数の馬から集められた馬毛が混ざっています。

 

 

 

先ずは専門の業者によって切り落とされた馬毛が回収されます。そして大まかに毛質や長さや色などで仕分けされます。 その時に各地域から集められた馬毛は、ある程度仕分けされます。 しかしこの仕分けはとても手間の掛かる作業なので、ミックスされていることもよくあります。

一頭の馬から尻尾の毛が切り取られるのは、馬の命が絶たれた後の一度きり。 その頃の馬の年齢は6歳〜10歳くらいまでの間が多いようです。 (いわゆる殺処分された時になります)  なので安定して同じ馬から馬毛が採取される訳ではありません。

乗馬や馬車馬、農耕馬や牧場や動物園などで飼育されている馬の平均寿命は20年~30年くらいの様です。 馬の年齢は人の年齢の約4倍相当に当たるそうなので、5歳の馬は人の20歳くらいということになります。 通常の馬は皆長生きです! ちなみに、ギネス記録は62歳なのだそうです!(競馬情報から)

 

 

上記の様なことも参考にして馬毛について考えてみましょう。 一頭一頭の個体差や集められた地域の異なり。 馬の年齢や馬種の異なりなどもあるので、長期に渡って安定した同じ品質の馬毛を収穫する事は現実的ではありません。 もちろん生育地域の環境の違いによっては、土壌や牧草からのミネラル成分も馬毛への影響はあるので、工業規格製品の様に安定的ではありません。 そして何よりも、馬は弓の馬毛を採るために飼育されている訳ではありません。

— 添付画像についての説明 —

*①,②の画像は新しい馬毛の束。 ①の切断されている手前側は、馬の尻尾の上部(胴体側)。②は馬の尻尾の毛先側になります。

*③は、この毛束の中程を解いたところの画像。

*④,⑤は、この馬毛の束の毛先側を解いた画像。弓先の方に来るのは、この④,⑤の馬毛の毛先側になります。

*⑥,⑦,⑧は、私が毛替えをした時の MALINE のヴァイオリン弓です。

 

 

 

馬毛の毛質でとても大切なのは、画像④,⑤のような毛先側。 こちらが弓先側になります。 年数が経過している部分になるため、ダメージを受けている馬毛の割合も多くなるためです。(人の髪の毛でも同様です。)

毛質が乱れている馬毛は、切れやすくなります。 そして大切な音にも影響します。 マツヤニを着ける時に馬毛がガリガリとマツヤニに引っ掛かるのは、絃の上でも同じことです。

このガリガリとした引っ掛かりは、馬毛の乱れやダメージの部分になります。 そのため絃との摩擦の引っ掛かりによっても切れやすくなります。

ヴァイオリンの場合には、E線やA線の音には明らかな違いとして影響します。 音の透りや倍音域の響きにも影響しますが、それはパワープレイで鳴らす時の音量や音質とは異なります。 音をつぶさない発音と音量と音質、そして曲と演奏と音楽としての表現は、ヴァイオリン弦楽器を演奏する人たちの大きな魅力なのだと思います。 

 

⑥ MALINE-Violin bow 1

 

毛替えの料金に違いがあるのは、馬毛の種類の違いだけではありません。 その弓の毛替えに求められるクォリティの違いによっても、必要とされる仕事も異なってくるからです。 

ヴァイオリンのE線~G線、ヴィオラのA線~C線、そしてチェロのA線~C線など。現在のハイテンションな絃では、このそれぞれの楽器の絃を弾く時に対応させる弓の馬毛に求められるテンション、馬毛の状態や量、絃と馬毛との接点での摩擦抵抗なども異なります。

ヴァイオリンのE線とチェロのC線とでは、奏でる音質や音量も感じ取れる感触も別物です。

絃の振動振幅からの馬毛に対する反発力と、それを弾こうとする時の絃と馬毛との接点に掛かる圧や馬毛のストレッチ具合。そして馬毛に着けるマツヤニの異なりなど。 弓で弾く時に演奏者が発音させる音以外に感じ取っている感覚の中には、これらそれぞれからの情報も含まれます。 

それに加えて日本では、一年の間での気温と湿度の大きな変化があります。それは楽器や絃、そして弓の馬毛にも影響を与えます。 気温や湿度の高い低いでも、同じマツヤニの粘度も変化して感じられます。

この様なことを考えると、弓の違いでも、楽器や絃の違いや弾く人の弾き方の違いでも。 それらの組み合わせの違いによっても、感じ取れる感覚や音や感触も異なります。 言い方をかえれば、自分と他の人とも同じ条件設定は無い、と言う方が正しいのかも知れません。

その人が感じ取っている音や感覚は、その人でしか感じ取ることが出来ない音や感触の感覚でもあります。 しかし、自分の弾いている生音を客席側から自分で聴くことが出来ないのは、誠に残念ではありますが、演奏している人にとりましては皆さんに共通のことになります。

 

⑦ MALINE-Violin bow 2

 

今度弓の毛を替えた後には、その馬毛を良く見てみてください。 参考にもなるので、使っている馬毛の束を触らせてもらっても良いと思います。

替えた後の弓の馬毛がモコモコしていたり、妙にたるんでいたり、脂っぽかったり。またはガリガリしている様な時には、それで大丈夫なのかどうか?質問してみても宜しいと思います。

きちんと説明や対応していただけるかどうかは、その仕事を行った人の経験に基づきます。 それもその店や工房側の管理責任者の商品や仕事への管理意識です。

違うマツヤニを薦められて着ける前に、弓の馬毛の状態が変わってしまっていれば、それも音や感触の違いにも表れます。 もちろん毛替えをする人が変われば、毛替えの仕上がりも異なります。

我々の行う毛替えや弓や楽器への手仕事とはそういうものです。 自分で張り替える同じ銘柄の楽器の絃とは異なります。

 

⑧ MALINE-Violin bow 3

 

以上の様なことを私の楽弓工房としての立場から、これまでに弓や馬毛や毛替えなどを通じて、お客様と意見交換をしてまいりました。 良い音を響かせるために大切な弓側のこととして、多くの方と接しながら気が付いたり、感じ取って学んできたことになります。

長くなりましたが、弓の馬毛や毛替えのことについての情報としましては、少しはお役に立てますでしょうか?

それでは、この度の私のコラムはここまでとさせていただきます。 何かご質問等があれば、どうぞご連絡ください。

いつも協会のコラムをご覧いただきまして有難うございます。 アトリエハーモニーも絶賛営業中。弓製作も順調に継続しております。

アトリエハーモニーの毛替えもご好評いただいております。 是非お試しになってみてください。

皆様の弦楽器と音楽との素敵なお付き合いをサポート致しております。
これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。

アトリエハーモニー代表:河辺恵一

*インスタグラムも好評配信中です。@keiichi_kawabe