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バイオリン鑑賞の楽しみ

第198回 大森 琢憲 (2020.3.20)
大森 琢憲

1.はじめに

こんにちは。第198回のコラム担当となりました大森です。過去4回コラムを掲載していただいてニスの話・修理の話・コンクールの話・製作学校時代の話といろいろ書かせていただきましたが、今回は初心に立ち返って自分がバイオリンを鑑賞する時に感じる3つの魅力について、そして自分にとって思い入れの深い1台の楽器についてのお話をしてみたいと思います。

 

2.楽器のどこが好きなのか

楽器の本質は音!…と言えればずいぶん格好がいいのですが実のところ、自分は中学生時代にチェロを、その後バイオリンとビオラの演奏をずっと習っていましたが長年やってみた結果としてつくづく思うのは楽器を弾くのは好きだけれども自分には演奏を人に聞かせる才能は全くないという(割と有りがちな)結論でした。

これは元々の性格として楽器を「弾く」ことよりも、どういうわけか「観る」事のほうが好きで、楽器を作りたいと思ったのもそれがきっかけである以上は幾分仕方のない事かもしれません。というわけで今回はあえて「音」という要素以外に的を絞り楽器の魅力を書いていくことにしました。

製作途中の裏板

 

3.楽器のアウトライン

自分にとってバイオリンのどこが一番魅力的かと問われれば、それはやはりアウトラインの美しさだと思います。
これは多くの方も共感いただけると思いますが、バイオリンは同時代に製作された高度なレベルの弦楽器、例えばビウエラやリュート、ガンバ属といった楽器よりもさらに「曲面の多用」を意識して製作されていると自分は感じます。
表板裏板両方につけた隆起・横板のラインから延長したオーバーハング・ペグボックスからつながるスクロールの螺旋とまるで平面な部分を極力なくそうとするかのようにデザインされた各種の曲線が組み合わさって完成した結果、音色の複雑性に富み楽器としての性能向上にも貢献したというのはある種奇跡的な『機能美の魅力』とも言えるでしょう。

 

4.弦楽器のデザインから見えるもの

forma G

 

上に掲げた写真を見て、これが何かわかるという方はなかなかのバイオリン通かもしれません。その一方、もしバイオリン製作の経験がある方なら「あぁ!いつものやつ。」というくらい馴染みがあることでしょう。これはストラディヴァリのバイオリンの中でも特に有名なCremonese 1715が製作された時に使われた内型*1)で”forma G”と呼ばれています。

一般的な意味で楽器を評価しようとするとき、ユーザーとなる演奏者の方がこれらの「製作道具」を見る事はないでしょうし、また見る必要があるというわけでもありません。しかし300年前にこの型で作られたバイオリンが現在の新作楽器の”標準形”と呼ばれるまでに至った影響の大きさを思いながらこの型を見る時、自分はあらためて畏怖の念を感じます。

その理由は、前段で「奇跡的」と評した楽器のアウトラインが単なる偶然や思いつきではなく入念に準備・検討されたデザインであって、製作者のセンスや思いがこもっていることに気づかせてくれる力を持っているからです。

ストラディヴァリが使った型紙

 

同じくF字孔の作図型紙

 

上の写真は上記の内型と同じく、ストラディヴァリが楽器製作に使っていた型紙です。
現在イタリア・クレモナ市の博物館に収められている1000点近いストラディヴァリの遺品(製作道具)のうち、このような型紙は実に半数近くを占めています。そして実際に世界の名だたる演奏家が使っているストラディヴァリの楽器の内側にはこの型紙と同じ作図をしたコンパスの針跡が残っていると知った時、自分は感心すると同時に往年の巨匠達も天賦の才や魔法で楽器を作っていたわけでなく、理想を図面に起こし実際の木工作業に変換していく作業を絶え間なく続けていたのだと知り、何とも言えず嬉しい気持ちになりました。
僕にとってこれこそが手作りされた楽器が持っている『人間的な魅力』であるように思えます。

(*1楽器を製作するときに用いる木枠。これによって完成する楽器のモデルと寸法が決まる

 

5.内部構造を見る

さて、ここまではバイオリンの”外面”について書いてきましたが、これで見える部分が全てかというとそうでもありません。
楽器には外から見える部分とは別に強度を保つ為の内部構造があり、それを見るには楽器の内側を見る事が必要になります。

スケーラーとデンタルミラー

 

この写真はいつも自分が使っている楽器点検用の道具です。「いやどう見ても歯科治療用でしょう」という方、それも正解です。
楽器の内部を見るというと一般の方は楽器商が鑑定する時のような、おもむろに楽器を持ち上げてF字孔から内部を覗きラベルを見る仕草をイメージすると思いますが、実のところバイオリンのF字孔から覗ける範囲というのは大変狭く楽器の作りや状態を判断するには視野が狭すぎるのでどうしてもこれらの工具が必要になってきます。

具体的には、ミラーは楽器内部全周についての接着不良個所や横板の割れ、そして”手抜き箇所”の発見に欠かせませんし、スケーラーはゴミやカビの除去と虫食い穴を疑う場合の強度確認(虫に食われた穴はその周囲を押すと粉化して崩れる)、以前の修理時に楽器内部に落ちて固着してしまっているニスや膠の除去するために使用するものです。

 

6.過去からのメッセージ

こういう作業の途中、楽器の内部を見ながら自分が個人的に楽しみにしている物に「過去の修理跡」があります。
もちろん過去の修理といっても「おっ!」と思うようなアイデアや上手い修理もあれば「いくらなんでもこれは…」という修理にも出くわすわけですが、いずれにせよ楽器に起こった故障や問題に対処するために色々な修理がなされた後、ときおり楽器内部に修理人によるメモ書きと修理日時・場所が書きこまれていることがあります。

たいていの場合は楽器の目立たない部分(表板の裏側など)に鉛筆で書かれていますが、数十年あるいは僕が見た中で一番古かった100年近く前に書かれたその文字をしみじみと眺めていると楽器が過ごしてきた時間の長さを実感するとともに、演奏者が絶対に見ないであろう楽器の内部に書かれたそのメモ書きから伝わってくる「なかなかうまく修理してあるでしょ?」というちょっぴり自慢げな修理人たちの顔が浮かぶようでいつも微笑ましい気持ちになります。

そして僕は自分の名前は書いたりしませんが、人間の寿命より遥かに長い楽器の生命を保つのに必要なメンテナンスの一端を自分も担当し、過去の修理人達の歴史の中に自分も参加したのだという実感は楽器職人でなければ体験する事のない『歴史的な魅力』だと思います。

 

6.思い出の1本

ここまで様々な(個人的)楽しみを紹介してきましたが、これらを踏まえて自分にとって思い出深い1台の話をする段が来ました。
このコラムを読んでいただいた方なら、楽器の製作者が思い出に残ると言う楽器ならさぞかし特別な楽器、アマーティかストラディヴァリか、はたまたグァルネリかと期待する方も多いと思います。

しかし実は、僕にとっての思い出の1台が鈴木バイオリン製造株式会社のバイオリンだと言ったら驚かれるでしょうか。
『ラベル MASAKICHI SUZUKI No.904』特に何の変哲もない工場で作られた量産品、それが僕にとって思い出深いのはこの楽器が持つ特別な理由によります。その理由とはこの楽器が「僕が人生で初めて修理依頼として預かった楽器」であること、もう一つはこの楽器が大正時代に僕の祖父が弾いていた楽器である、という事です。

1920年代の鈴木バイオリン製造工場の様子

 

兵庫県出身の祖父は音楽家でもなんでもなく、職業は鍛冶屋でした。明治39年生まれで5人兄弟の5男、生れてすぐの頃に曽祖父が亡くなり年の離れた兄弟たちの世話になって当時の職人業としては珍しく鍛冶屋の仕事を徒弟制ではなく今宮職工学校(現在の大阪府立今宮工科高等学校)で学び、卒業後は独立し自分の仕事場を持っていました。

そんな祖父が青年時代にバイオリンを弾いていたのを知ったのは2004年5月の事。祖父が亡くなってからそのままになっていた旧宅の家財を親族が整理していた所バイオリンを見つけ、当時岩井孝夫さんの下で楽器製作を勉強していた僕のところに「あんたバイオリンの勉強をやっとると聞いたが、これを直せるかね?」と連絡が来た時でした。

大正9年、16歳の祖父

 

80年後、何も知らずに楽器を弾く16歳の孫

 

ご存じの方もおられるかもしれませんが、鈴木バイオリン製造株式会社のカタログには明治40年以降販売した全てのバイオリンの型番・定価・製造時期が現在も載っています。これで調べると祖父の楽器は『1920-1926年製・型番904・定価12円(大正9年)』当時の物価は借家の家賃が月9円50銭、1人前の大工の日当が1日2円、自転車が1台50円(!)ということで、現代に換算してみるとこのバイオリンは10~20万円位の練習用のバイオリンだったのでしょう。実際に楽器の作りを見たところ質実剛健で丈夫な作りではあるもののどことなく田舎風の野暮ったさがあり現代的な意味で”資産価値のある楽器”とは言えませんでした。

それでもその頃、ちょうど工房の卒業試験の半年前だった自分が修理の勉強になるだろうと楽器を預かり、しばらくの間「初めての修理作業」をおっかなびっくりやってみた経験は今思い出しても大変懐かしく、また運命的なものを感じた1台でした。
この楽器は無事に修理が終わった後、今は伯母の家で祖父の形見として保管されています。

2004年、卒業試験前の頃

 

7.楽器との出会いを思い出に変えて

今回このコラムを書くにあたり何を書こうかと悩みながら自分が過去に修理した楽器の作業記録を見直してみたりしたところ自分も意外と色々な楽器との出会いも経験していて、思い出の1台についても改めて文章にしてみる機会にも恵まれ、これならいっそのこと自分の経験や
好みの原点を見返してそれをコラムに書いてみてはどうかと思い立ち今回の記事とさせていただきました。

大正時代に祖父と出会った1台のバイオリンが80余年の時を経て僕の思い出となったように、このコラムをご覧いただいた方にも良い楽器との出会いが訪れるように願っております。またできうる事なら、当協会主催の展示会がその出会いの一助となれるよう鋭意楽器製作に励む所存です。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

8.おわりに

関西弦楽器製作者協会が中之島展示会の準備会合として発足し、今年でもう12年になりました。本コラムを執筆している2020年3月現在は
各種報道で皆様もご存じの通り新型コロナウイルスの世界的蔓延により各種演奏会・展示会イベントには相応な対処が必要な状況となっています。

本協会主催の中之島展示会も4月29-30日開催の予定ですが不特定多数の方が入場し楽器に触れて試奏するイベントという特性上、今後の状況次第では開催の是非も検討しなければならない状態となりました。まずは楽器の製作と展示の準備をしたうえで来場者の皆様の安全が確保できるかどうか状況の推移を見守っていきたいと思います。