1. ホーム
  2.  > 連載コラム
  3.  > 第129回 大森 琢憲(2016.10.20)

無視できないムシの話

第129回 大森 琢憲(2016.10.20)
大森 琢憲

1.はじめに

皆さんは楽器が失われるとき、と聞いてどんな原因を思い浮かべるでしょうか。
交通事故・火災・紛失・盗難etcどれも想像するだけでしょんぼりするような事態ですが楽器職人としてそこにもう一つ『虫に食べられる』という理由を付け加えたいと思います。建物が密閉構造になり清潔になった現代の日本では虫害というのはあまり実感しずらいものがありますが過去に東京都が行った生息調査では調査対象になった住宅400軒すべてで何らかの木材食害虫が生息していたというデータもあるようです。場合によってはあなたの大切なバイオリンの価値を失いかねない話だけにプロ・アマチュア問わず演奏者の方にもぜひとも知っておいていただきたいと思います。

2.楽器を食べる虫の話

具体的にどのような虫なのかまずはこちらの写真を…と言いたいところですがいきなり虫の拡大写真を出し虫嫌いの方に悲鳴を上げさせてはいけませんので口頭で説明しますと、日本において木材を食害する虫は体長が大きい順にカミキリムシ、シロアリ、キクイムシ、シバンムシの4種類で今回はそのうち弦楽器にとって特に重要な2種の虫についてお話しすることにします。

シバンムシ

シバンムシは古くから世界全域で繁殖していて食性が微妙に異なる近縁種が数多くおり、幼虫で0.5-1.5mm、成虫が2-3mmの大きさになる黒褐色の甲虫です。この虫は乾燥した木材であれば割と好き嫌いなくなんでも食べてしまいます。(大迷惑)
シバンムシというくらいだからバイオリンの指板を食べるのかというとそうではなく和名で「死番虫」と書き、英名”Death Watch Beetle”の訳語で中世~近世頃のヨーロッパでは年老いた老人や病人を寝かせた部屋にどこからともなくコツ…コツと音が近づいてきてその音が止む頃に当人が亡くなっていることから、これは死神の足音あるいは死神が持っている時計の音なのだと信じられ、後にその音が木製家具に取り付いているシバンムシが出しているとわかったことでシバンムシがそのままDeath Watchの名前で呼ばれるようになったという面白い逸話があります。

ヒラタキクイムシ

ヒラタキクイムシはシバンムシよりも一回り大きく幼虫が0.8-3.5mm、成虫が4-7mmで同じく世界的に広く生息していますが広葉樹の辺材のみを選んで産卵・食害するという特徴があります(*。「広葉樹の辺材」とはバイオリンでいうと裏板とネックがこれに該当し、産卵時雌が場所を選ぶために試し食いをするので裏板にぶつぶつとえぐり取った様な傷、あるいは丸い棒で引っいたような独特の傷が残ります。幼虫は大きい分食欲旺盛なのか横板を長距離にわたって迷走することがあり修理が非常に難しくなってしまうこともあります。(*ただし成虫になるとき脱出孔を残すので表板に絶対危害を加えないわけではない。

3.実際の修理の様子

さて上記2種類の虫によってどのような被害が発生するのか、実際の写真をご覧いただきましょう。

食害されたブロックと表板食害されたブロックと表板

ほぼ滅失した表板ネック周辺ほぼ滅失した表板ネック周辺

食い荒らされた横板食い荒らされた横板

光が透過する部分は全て虫穴光が透過する部分は全て虫穴

キクイムシの脱出孔と試し食いの傷キクイムシの脱出孔と試し食いの傷

写真は実際に修理依頼を受けた楽器ですが加害された部分は一見形を保っているように見えても指で押すだけでボロボロと粉状に崩れてしまうほどになっています。また構造的な修復と並行して虫が残っているかどうかのチェックもしなければいけません。
一寸の虫にも五分の魂と言いますが、もし修理中の楽器から成虫を逃がしてしまうと在庫の楽器も製作用の材木も全てが危険にさらされることになりそれこそ楽器職人にとっても命がけの作業なのです。(ちょっと大げさ)

成虫に貫通されたペグボックス成虫に貫通されたペグボックス

同横方向同横方向

修復中(ニス塗り前)修復中(ニス塗り前)

失われた部分を全て同種の木で埋める失われた部分を全て同種の木で埋める

食害されたブロックとライニングを除去し作り直す食害されたブロックとライニングを除去し作り直す

修理後のブロックとライニング、ブロックの小穴は表板の木釘穴修理後のブロックとライニング、ブロックの小穴は表板の木釘穴

虫食いに関連して、ついでにもう一つ話題にしたいことがあります。
バイオリンの中にたまった埃を取るために『フライパンで熱したお米をF字孔から入れて振る』という方法を楽器のメンテナンスに関する書籍等で読まれた方がいるかもしれません。しかし残念ながらこの方法をご家庭で行うのはおすすめできません。実際に扱った修理品の中でこの方法を行ったせいで煎り米の熱で膠が溶け楽器内部に米粒が張り付いて取れなくなっている物が有りました。さらにまずいことにキクイムシは元々穀物に付く害虫なのでこれではわざわざ餌を置いて虫を呼んでいるような事態になってしまいます。

お米でメンテナンス?お米でメンテナンス?

楽器内部の埃がどうしても気になるという時はまず掃除用のエアダスター缶などで吹き飛ばし、風で飛ばないような埃玉は楽器を傷つけないようにピンセットや箸でとり出すのがよいと思います。もちろん不安ならお近くの楽器店に頼んで作業してもらってください。

4.虫の発生周期と注意する季節

虫食いの修理がいかに大掛かりになるかというのは上記の写真で見ていただきましたが、それでは演奏者はどんな点に注意すればいいのでしょうか?毎日楽器を磨くときに殺虫剤をかけたり虫よけ剤をケースに入れるべきでしょうか?もちろんそんな必要はありません。

まず基本的な認識として虫は楽器よりも先に貯蔵食品や家具、フローリングの床板、畳などを優先的に狙います、なぜならバイオリンには外面に天然樹脂の分厚いニスが塗られているからです。元々樹木が傷ついた時に分泌する樹液というのは多くの昆虫にとっては毒性のある物質で実際にバイオリンに塗られているニスにも複数の植物性樹脂やテレピン油など配合されていますからニスというのは虫には美味しくない物なのです。
しかしキクイムシというのはその無理を何とかしようという根性の有る虫達で体内にテルペン類を分解する酵素をもっているためいわゆる忌避剤レベルの毒性は苦にせず寄ってきます。(それでもニスの部分はほとんど食べませんが)殺虫剤については楽器ケースの中に幼虫や成虫を見つけたという非常時に少量使うのは適切でしょうが毎日常備する必要はないし、何せバイオリンは体に触れて使うものですから殺虫剤の安全性まで気にし始めたら肝心の人間の方がまいってしまいます。

結果的に虫を避ける最善の方法は「定期的にチェックすること」「変な虫がいたら物理的に取り除く」「楽器に穴を見つけたら楽器店へ!」といういたって常識的な結論になりますが、やはりこれが最善だと思います。またシバンムシ・ヒラタキクイムシ共に成虫が発生するのは概ね6月~9月で真冬は休眠状態ですので「夏場は危険」というのを覚えておくのもいいでしょう。

5.終わりに

本製作者協会も50人近い会員数になり、筆者より経験も知見も上回るベテランばかりの中で今回虫食いと修理について紹介するコラムを書くというのはずいぶんと大それたことをという感じなのですが、実は自分が虫食いの修理を担当した楽器にはある共通点があり、それは「演奏者が直接海外から買ってきた」という点なのです。海外のネットオークションやフリーマーケット等から楽器商や職人を通さないで楽器を購入するというのも時代の流れでもあると思うのでこれからは普通にある事と考えていますがいざ問題が見つかると一番大掛かりな手間がかかるのがこの虫害問題なのではないか、また将来的に見て個人間売買が増加するならこのような修理が増えるのではないかと思い一度このような場で多くの人に発信してみようと考えた次第です。

自分自身楽器を作るようになって思うのですが今現在市場に商品価値を認められて流通しているバイオリンは名の有る楽器もそうでない楽器も工房を出た時から数えて数十年以上の時間を演奏者と共に過ごしてきたはずです。楽器の寿命というのはつまり演奏者と過ごす時間なのです。物理的な寿命でいえば約400年以上保つ価値有る楽器を作っているという自負を僕達現代のバイオリン職人が持つとすれば、同時に過去に作られた楽器達に対しても相応の敬意を払い、それを新たに自分の相棒としようとする今の演奏者のために適切な修理や助言ができるよう研鑽することも自分の楽器を作るのと同じくらい大事なことだと最近は思うようになりました。

もしこのコラムが偶然にでも演奏者の方たちに自ら楽器の異常に気付きその寿命を永らえさせる一助になったなら、いずれ僕自身の作った楽器も自分ではもう面倒を見てやれないほど長い時間を経た後に相応の敬意ある扱いを受け、楽器として寿命を全うできる可能性が上がるのではなかろうか…そんな淡い期待を込めて今月のコラムを書かせていただきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

本コラム作成に当たって下記の文献を参考にしました。もし本文中に疑問な点などありましたら筆者の勘違い・理解不足もあろうかと思いますのでぜひ出典にてご確認をいただくようお願いいたします。
出典
・家屋害虫辞典 井上書院1995
・衛生害虫と衣食住の害虫 全国農村教育協会1995
・木材保存学入門 日本木材保存協会2012
・木材保存剤ガイドライン 日本木材保存協会2005
・文化財殺虫マニュアル 三菱ガス化学株式会社
・家庭用殺虫剤概論 日本家庭用殺虫剤工業会
・月刊林業と薬剤 林業薬剤協会
・THE STRAD 2011 July
・食品衛生防除コラム 東化研株式会社

 

次回は11月05日更新予定です。

次回、関西弦楽器製作者協会展示会は2018年4月22日(日)です