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それでも残る個性

第106回 糟谷 伸夫(2015.11.05)

私は自身のバイオリン製作活動と並行するようにバイオリン製作教室も行っています。
あくまでも趣味として製作をしてみたいという方へ向けた製作教室ですが、半ばプロになりたいと志し、当工房をへて製作学校へ通いはじめ、楽器業界へ入った方もおりました。

多くの生徒さんを見ていて思うことは、十人十色に作業センスをお持ちであること。
おおよその工程は都度、デザイン→カット→成型と進みます。
まず、木を切るにあたり求めるデザインを材に描いてからその線に沿って切る。
これが基本です。
しかし、そこからしてさまざまな違いを見つけます。
シャープペンで描くか。
0.5ミリ芯か0.3ミリ芯か。
はたまた太い鉛筆で描くのか。
そして、線の大外を切る人、線の中心を切ろうとする人。たまに線の内側を切ってしまううっかりさんがいることも事実です。

さらにカンナやヤスリで削ってシビアにラインを整えてゆきます。
デザイン線に忠実でも、線の外側で止める人、線の中心を狙う人、線が消えそうな間際を狙う人。
プロの製作者はどちらかというとデザイン線を最後には無視しますが。
その話を予めしてしまうとデザイン線があらかた消えてしまうまで削り続ける方もおります。
過ぎたるは及ばざるが如しなのですが。。。
初めて木工にかかわる方もいらっしゃるのでいきなりうまくはいくはずはありません。

しかし、製作を続け完成に近づくころにはみなさん上手くまとまりのある楽器へと仕上げてまいります。
削りすぎていた人は慎重さを、慎重派は大胆さを、考えすぎて手が止まる人は手を動かしてから考えるようになりますし、またあまり考えない人も予め危険を察知する力に磨きがかかるようで、みなさん大過なく仕上がることがほとんどです。

バイオリンはすでに完成された形をしていて改良の余地がないといわれます。
今あるバイオリンの範疇では確かに大胆な改良は難しいと思います。
なぜなら、バイオリンのデザインはアウトラインから膨らみパーツの配置その他諸々が互いに互いを決めるような複雑な関係の中でバランスが取られており、一つの変更は全体に影響してしまう事が大きな問題になるだろうということ。
そして、なによりストラディバリウスに象徴される銘器達が求めているデザインの方向性は明らかに“中庸”を目指しているように思えるからです。

ストラディバリウスは現在、バイオリンの最高峰といわれます。
そして、思うにストラディバリウスは中庸を求めた結果、現在最も中心に近い楽器なのではないかとも思われるのです。

全くの中庸とはなかなか体現し難いものだと、これは東洋人である我々にも
合点のいく見方ではないでしょうか。

バイオリン製作教室の生徒さんをはじめ学生やプロの製作者に至るまで、バイオリンを作るという行為はこの中庸のもつ普遍的なバランスと美を求める行為なのだといえるのかもしれません。

最後に、
外見上のバランスが整っていることが音響的な音色の調いにどの様に影響するのか。
実際、弦振動だけでなく体積のある物体には長さや面積だけでなくその形状も考慮されなくてはなりません。
バイオリン本体を揺らす力や出てきた音は圧力波が主成分となっているはずです。形状も含めた音響それらがリンクし合ったトータルバランスとは。科学的な証明をしようとすれば途方もない苦労を伴いそうです。仮に証明されたとして理想型を提示できたとして。
でも、それを奏でるのは人間です。

バイオリンの核心を目指し道半ばにいる人々の作る楽器であれば、やはり完璧さより実際に歩んできた道のりが感じられるような個性が残っている方が人間らしく愛着のもてるパートナーとなれるのかもしれませんね。
そして、あえて求める個性ではなく隠しきれない個性こそ求められているのではないかと、そんな風に思う昨今です。

次回は11月20日更新予定です。