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演奏技術が職人としての仕事に活かされる部分はあるか?

第75回 安富 成巳(2014.07.05)

たまに表題のような質問を受ける事があります。自分は活かされる部分はあると思います、ですがそれは基礎に職人としてしっかりとした技術があってこそです。
職人として修行している頃(今も修行の毎日なのですが・・)、中途半端に演奏技術だけあって、職人としての技術が未熟な事を恥ずかしく感じることがありました。

自分がこの仕事を目指したのは、プレーヤーとして弦楽器の世界に魅了されたのがきっかけであり、その頃に通っていた職人さんは楽器をほとんど弾かない方でした。
自分が「今度ラヴェルのカルテットを演奏するので、より透明感のある音に楽器調整をしてもらいたい」などと職人さんに頼んだ時、「この楽器はもう十分良い状態だから、変なことを考えずこのままでいい」と返され、随分と落胆をした事があります。今職人の立場から思えば、なんともアバウトで無茶な依頼をしてしまったのもだと思います。現在の自分がこの依頼を受けたのなら、楽器の状態を見て何とか考えてみますが、かなり難しい依頼になると思います。

ですが、当時はもし自分が職人になれば、よりプレーヤーの細かい音楽的要求まで応えれる職人に絶対になれる!・・などと考えてしまったのです。
そして意気揚々と東京の学校の門を叩き、早速自分の奢りは打ち砕かれることとなります。刃物は研げない、木を平面に削れない、寸法通りに作業できない、などなど当然の事なのですが、まず職人として基礎的な技術を固めないと演奏家の要求に応えるなどというステージにすら全くたどり着けないのです。
弦楽器職人はまず刃物が研げ、しっかりと木を削ることができ、寸法や面をしっかりと形成できるという事が基本であり、(この事だけでも自分はまだまだ修行を重ねなければならないのですが)、この部分がある程度出来るようになって始めて演奏家の要求に応えるための調整作業のスタートラインに立てます。

では、このスタートラインに立ったらどのような面で演奏技術が仕事に活かされるかという点で、自分が感じていることを書いてみます。

音調整の現場で頻繁に行わなければならない作業として魂柱調整があります。その一つに魂柱を動かしつつ、奏者の方が求める音に近づけるための位置を探るという作業があります。魂柱の位置というのは駒足の位置などとの関係で例えばヴァイオリンだとE線側の駒足の後ろ側1.5~3.5mm、内側0.5~1.5mmあたりが標準的な位置だと考えられます。
しかし魂柱の位置というのは、この範囲の中でもわずか0.5mm動かすだけで音が激変し、最適な位置を見つけるのは難しく、さらに楽器によっては上記のセオリーの位置から少し外れた位置に立てた時一番理想的な音になる場合すらあります。それではどのようにして音の改善のための位置を探していくのか。これも、動かす方向によって音はこのような傾向へと変わるという音響的理論があり、この理論と経験に従って、予測をしつつ動かします。

例えば全体的に柔らかい音にしてほしいと言われたら、そのような傾向へ向かう場所へ魂柱を動かすわけです。しかし”柔らかい音”という定義も非常に難しいもので、音響的理論の定義するところの”柔らかい音”と演奏家のいう”柔らかい音と”いうのは相違する場合が多くあるように感じます。
なので相手の求めるものを言葉でなく、より感覚的・音楽的なもので捉えて調整をすることが必要であると、自分は感じています。このような時、演奏技術があれば、相手の要求をより素早く捉えるための役に立つと思います。また先述のように、少し標準的な位置から外したところに立てた方が良い結果を得られる場合もあり(特にヴィオラ・チェロと低くなるにつれ)、このような位置を探るのにも演奏の心得は一助となると思います。

例としてあげた魂柱の位置調整というのは短いスパンの作業ですが、楽器製作という長いスパンの作業の中でも同じように役に立つ部分があると思います。
自分は楽器を製作するときは、一台一台試行錯誤し、完成して音を出してみては「この部分が足りないな、とか この部分をもう少し変えてみたい」などと反省点を見つけ、次作の変更点を考えます。音をこういう風に改善したいなと思ったら、文献を読んだり優秀な製作者の方々からアドバイスを頂いたりして、目指す音の楽器になるようにある程度理論的に設計を変えたりして、新しく製作をします。

先に述べたように”柔らかい音”という「言葉」と、演奏して捉える”柔らかい音”というのは、実は自分が感覚的に求めていた”柔らかい音”という定義とは異なるものだった・・などという事と同じように扱う材木の感覚とそこから出てくる音の感覚が一致していなかった、ということを感じることもあります。
演奏技術に秀でていれば、その言語化できない感覚的な部分をより細かく深く自分自身で感じることができ、次の製作楽器の設計を考える際の一助となると思います。結局何度も何度も失敗を繰り返しつつ、要求される音の楽器を意図的に作れるように、少しづつ前進していくしかないのですが、演奏の心得はその道筋を決める際の役に立つと自分は考えています。

次回は7月20日更新予定です。