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クレモナ・トリエンナーレと8月事件

第46回 大森 琢憲(2012.12.20)

クレモナ ドゥオーモクレモナ ドゥオーモ

[はじめに]
皆さまどのような年の瀬をお過ごしでしょうか、2012年最後のコラムを担当することになりました大森です。自分は今年初めてイタリア・クレモナの製作コンクールにチェロ部門で参加しましたが、この年末はコンクールの採点表を見てしょんぼりしたり帰ってきたチェロの輸送中についた傷を修理したりしております。
今回のコラムではクレモナのトリエンナーレの話題とこれに関連して後半では2012年弦楽器業界ニュースの中でも特に話題になったフランクフルト空港税関でのバイオリン押収事案について触れたいと思います。

モンドムジカ会場と鈴木 徹さんのブースモンドムジカ会場と鈴木 徹さんのブース

[クレモナ・トリエンナーレ]
3年に一度開かれるイベント、クレモナトリエンナーレ。今年は9月27日でした。コンクールについては楽器の提出日が9月14~16日で結果発表が9月27日、翌日からは3日間にわたってモンドムジカという音楽見本市も開かれ世界中から個人製作家・材木商・楽器商社が集まりブースが出展されました。会場にはコンクール優勝者の楽器も展示されプロアマ問わず一般のお客さんも多数訪れていて楽器の歴史についてのセミナーなども同時に開催されています。

[製作コンクール~その手続との戦い~]
コンクールの準備とは楽器を作ること。それはもちろんそうなのですが実は開催日の半年以上前からコンクールは始まっていました。上位入賞者の方達の華々しい表舞台とは別のところ、地の底を這うような涙ぐましい僕のタイムスケジュールをご覧ください。

-4月-
参加申し込みの締切は4月。きちんと参加費を払ってその証明書と応募書類を送る。ここでつまづくわけにはいかない。
-5月-
初参加ということで主催団体であるストラディヴァリ協会から追加の書類を求められる。色々と(時差の関係で真夜中に)FAXを送ったりしてようやく「応募」が完了。
-6月-
応募書類の審査が終わり参加書類が手元に届く…はずが来ません。会の規約では6月中と明記されているのに一体どうなっているんだろう???同封するはずの書類や写真の準備はどうすれば。
-7月-
中旬頃、参加書類の封筒が(ヨレヨレになった状態で)届きました。消印が6月初旬で届いたのが7月中旬…封筒1個なのに…。そろそろ提出日の持ち込み方法を検討。手持ちか郵送、いずれにせよEU外からの参加には輸出入の手続きが必要。
-8月-
世間は夏休み。しかし手続との戦いはまだ終わらない、というかむしろ本番です。協会に案内されたイタリア国内の輸送業者と連絡を取り代理提出の依頼と送金の手続き、通関をスムーズに済ますために通関手帳(ATAカルネ)の申請手続、イタリアまでの国際輸送の手続きと日本国税関での輸出許可手続き、そして最後はイタリア郵便事情との戦い(封筒一個で1か月…)
-9月-
現地輸送業者に楽器が届いたのを確認してあわただしく航空券を購入。結果発表に合わせて出発。発表日翌日、現地の展示会場に自分の楽器もちゃんとありました!しかし、みんな上手いな…。*予選落ちすると会期中は倉庫に保管されると以前に聞いていたので結構心配していました。

コンクール会場 Museo del Violinoコンクール会場 Museo del Violino

今回自分が参加したチェロ部門では優勝者なしの2位・3位からの発表でしたがチェロの展示スペースが博物館の壁際L字型の通路に配置されていました。ちょうど自分の楽器の隣が歴代優勝者のバイオリンの展示スペースになっていたので自分の楽器と簡単に見比べることができたいへん勉強にナリマシタ、ジカイモガンバリマス。

[8月の衝撃~バイオリン、EU税関で押収される~]
ハードケースに製作したチェロと駒・ペグ、梱包のプチプチを詰め込んで税関で検査を受け発送したのは8月20日、郵便局の人から通関作業が終わっているのですぐに海外に発送されますと教えてもらって実際帰宅してから郵便物の追跡を見てみるとその日のうちに飛行機に搬入され出発したようです。仕事が早い。

ほっと一息ついて寝て起きた翌朝「EU税関でバイオリン押収、関税4000万円請求」のニュースで思わずお茶を吹きました。

気を取り直して冷静に考えてみると楽器の評価額がきわめて高額なので僕の楽器のわけがないですが、このニュースは一般のテレビでも続報が報道されるなど、大きな話題になりました。しかもこの事件の直後10月4日に同じフランクフルト空港の税関で日本財団所有のストラディヴァリのバイオリンが同様に密輸の疑いで押収されるに至ってインターネット上でも税関の対応がおかしいのではないかという意見や書類に不備があったなら押収されても文句は言えないはず、など様々な意見が噴出しました。

■事件についての参考URL 
株式会社ヒラサ・オフィス
時事通信社
ドイツ連邦共和国大使館・総領事館
在ルクセンブルク日本国大使館

[通関手続きの実際]
幾分感情的な意見も飛び交っているこの議論にあえて深入りしたいというわけではありませんが、コラムを読んでいる方の中には高価なバイオリンや弓を所有されていてこれを海外に持っていきたいが手続きがわからないから不安だという方がおられるかもしれません。自分もイタリアへの楽器の輸送にあたって一時輸入手続きをとるかATAカルネの申請をするかのどちらかを会の規則で求められるまでは詳しい手続きを知らず周りに聞ける人もいなかったのでずいぶん苦労しました。同様の悩みを持つ方のためにごく簡単ではありますがATAカルネの手続きについてまとめてみましたのでお役に立てば幸いです。

日本国税関
日本貿易振興機構
日本商事仲裁協会(カルネ発給団体)

実際に使用したATAカルネ実際に使用したATAカルネ

一時輸入手続とATAカルネの比較表一時輸入手続とATAカルネの比較表

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ATAカルネを申請するメリット
・書類作成と受け取り、担保の支払い・払い戻しの手続きが全て国内で行える
・一つの書類でATA条約加盟国全てに正式な通関書類として認められる正統性
・現地で関税・付加価値税の担保納入を求められない利便性
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ATAカルネを使用するデメリットは認められる輸入期間が各国関税法に基づく一時輸入手続と比べて最長で1年と短い点ですがこの点が問題にならないのであればメリットのほうがずっと大きいと自分は感じました。

実務的な話としてドイツ・フランクフルト空港の件に対して上記ドイツ大使館の説明では「430ユーロ以上の価値がある携行品を税関に申告するには赤いゲートを」と案内していますし欧州関税同盟の免税に関する理事会規則(EC)No.1186/2009を読むと免税の基準は一見、明確に示されているように思えます。しかし同じくシェンゲン協定加盟国で建前上は同一の基準で処理されるはずのイタリア・マルペンサ空港の赤ゲートに手荷物の価格と数量を明記した書類を用意して並んだ実感としては「誰も赤ゲートなど通ってない」としか思えない状況で明らかに個人輸入っぽい大量のスーツケースを抱えた人も当たり前のように緑ゲートに並んでそちらで検査を受けていました。

トリエンナーレから戻ってきたチェロトリエンナーレから戻ってきたチェロ

こういう状況を目の当たりにすると「バイオリンくらい税関で手荷物だと言えば大丈夫だよ」と言いたくなる人の気持ちもわかりますが僕のような小心者は「曖昧な基準で通ることができるなら、きっと曖昧な基準で押収される事もあるに違いない…」という心配のほうが大きいので、現地の税関職員にカタコトの英語で手続を訪ねるより公的な書類を用意できるなら事前に用意しておいたほうがずっと安心です。

海外の演奏コンクールやマスタークラス受講などで高価な楽器を手荷物として運ばれる方も不安があるようならATAカルネの使用を検討されたほうがよいかもしれません。

次回は1月5日更新予定です。

★次回更新より関西弦楽器製作者協会メンバーの工房を紹介する連載を数回にわたって行います。どうぞご期待ください