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ヨゼフ・スーク氏に

第13回 三宅 広(2011.08.05)

ヨゼフ・スーク氏が亡くなられたという記事が先日の新聞に載っていました。
私にとっては特別な思いのある演奏家でした。
初めて氏の演奏を聴いたのは1970年代の終わりごろです。
高校の音楽の教科書に有名な演奏家として写真が載っていたのを覚えていた程度で、彼についてそれほど知っていたわけでもなかったのですが、新聞のコンサート欄を見て大阪の毎日ホールであった演奏会に一人で出かけたのです。
演奏が始まって、プログラムが進むにつれて心の中いっぱいに感動が広がっていきました。音楽が、心に染み入るように響いていて、バイオリンの音はこんなに美しいものだったのかとその時初めて思いました。

後日、その演奏会で彼が使っていた楽器が1710年製のストラディバリウスであると聞いて、そのバイオリンを作ったストラディバリという人の名前も強く印象に残りました。
バイオリンという楽器が一人の人物の手によって作られて、そしてあんなに人を感動させる音を出しているということが何か不思議なことのように思えていました。
その後、1980年にももう一度毎日ホールで演奏会があり、直接彼の演奏を聴いたのはその2回だけでしたが、30年以上たった今でも、あの時のバイオリンの音色は心の奥に不思議なくらいに鮮明に残っています。
私がバイオリンを作るようになったのはずいぶん後になってからのことで、その当時はすぐにこれを職業にしようとか思ったわけでもありません。
長い間あの時の感動が心に残って消えなかったことが、ずっと後になってから自分をこの道に向かわせてくれたのだと思います。あの感動体験が私のバイオリン作りの原点だったのだということでしょうか。
あんな楽器を、いつの日か自分の手で作りたいという思いは今も続いています。
あの時の、ヨゼフ・スーク氏との出会いがなければ今こうしている自分はいなかっただろうと思うと、私にとってはやはり彼は特別な存在でした。
彼の演奏はもう聴けなくなりましたが、思い出すと浮かんでくるあのバイオリンの音色はこれからもずっと消えずにあると思います。
心からご冥福をお祈りします。

次回は8月20日更新予定です。