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本棚の中から

第11回 篠崎 渡(2011.07.05)
篠崎 渡

バブル経済の絶頂期に中高生時代を過ごし、その埋み火がまだ熱いうちに大学生時代を過ごした僕ら団塊ジュニア世代は学習するに勉強するにしろ、今思うと、たいへん恵まれた環境で学生時代を過ごしたと思います。インターネットもブロードバンドも普及していなかったその頃、僕にとって情報源は書店やレコード店でありそこは異文化と知識にふれる場所でした。理科系だったので図書館や書店で理屈っぽい専門書や英語論文を読まなければいけず、それは僕にとって結構「苦痛」でしたが今振り返るとそれらに馴らされたのは今たいへん役に立っていると実感しています。
バカばっかりの男子高校、授業-実験-オケ-バイトの大学時代、モノ作りと流通のしくみを体感した技術系会社員、といろいろな紆余曲折を経て現在にいたる私ですが不思議な事に今にいたるまで無駄に蓄積した知識や資料は結構今役立っているのです。

そんな訳で僕の本棚にある本の中から楽器製作をするようになってよい刺激になった本を何冊か紹介したいと思います。今回紹介する本は直接ヴァイオリンの製作技術やディーリング(楽器カタログのような)モノではなく知的好奇心の延長でモノ作り、音楽観、生活観にインスピレーションが得られるかな、と思える書籍です。興味を持たれ共感できるかたがいらっしゃれば幸いに思います。すべて日本語(あるいは日本語訳)で書かれた書籍に限定したのでAmazon.co.jpなどで書評も簡単に検索できます。

 

黄金分割-ピラミッドからル・コルビジュまで
柳 亮 著 美術出版社

最近でこそ楽器のデザインに幾何学的デザインルールの応用や調和比率を用いた解析をする事が注目されてきましたが、ヴァイオリンのみならず絵画、建築、デザインは洋の東西、時代を問わず「調和」を得られるよう設計されていたということを例示しながら説明しています。黄金比、フィボナッチ数、調和比率に関する書物は現在多く出版されていますが、この本は、学術的でちょっと難しいのですが、その先駆で初版より46年を経ていますが重版を続けています。この本を読んでから絵画や建築についての興味や見方が変わったとおもいます。
高校の頃、僕が何も知らずに学習させられたフィボナッチ数列の漸化式の求め方は今こんな所で役立っています。

 

音律と音階の科学
小方 厚 著 講談社ブルーバックス新書

自分で音程を作るヴィオラという楽器を弾き始めてからずーっと考えていた「正しい音程を取る」という問題に解答を出してくれたのは古典調律を知るきっかけになった古楽の世界でした。近年の古楽ブームで古典音律についての関心が高まり音律、音階についての関連書籍も多く出版されるようになりましたが、この本は理科系学生におなじみの講談社ブルーバックスからの出版で音程、音律、そして聴覚、音律理論の応用や発展例までとてもコンパクトにまとめてあります。お陰で最近は理論と実践を元にヴァイオリンやヴィオラはもとより、ルネッサンス・リュートまでいい感じに調弦できるようになったのは恥ずかしながら結構最近のことです。
古楽やその歴史的な書籍へのアプローチはヴァオリンという「バロックを代表する楽器」と西洋音楽の本質への理解深めてくれました。

 

木とつきあう智恵
エルヴィン トーマ 著、 宮下 智恵子 翻訳 地湧社

著者はオーストリア、チロル地方に伝わる「冬の新月の時期に伐った木は良質で長持ちする」という樵(きこり)の伝承を実践し紹介しています。
「新月の木」Moon woodという言葉を楽器用材木屋が盛んに使い始めたのは2000年代はじめの頃のようで、木を伐採するのに適した時期や方法についてさかんに論じるようになったのとこの本の出版時期は一致しています。木材の取り扱いについて驚くべき先人の知恵と効率化された現代社会においてその見直しが行われていることを垣間みる一冊。
ヨーロッパ文化の底力は職人仕事を人々に啓蒙させながら認知されてそれが活かされしぶとく今日に伝わっている点だと思います。

 

視覚でとらえるフォトサイエンス化学図録
数研出版編集部 数研出版

いわゆる高校の化学の授業の副読本です。ミラノの弦楽器製作学校では化学/物理授業がありその復習と科学用語の習得のために高校生時代を振り返って調達したのですが、最近の図録は実生活への応用例や最先端の研究にふれての記事もあってたいへん充実しています。驚くべき事はヴァイオリンの塗装に使う染料、顔料、天然樹脂や薬品についても書かれていていることです。この本をイタリア人教師に見せたところ日本の高校化学の授業の充実に驚いていました。実験の方法/様子や化学の法則についてわかり易く写真が表示されていて薬品のデータシートもついて定価800円(税抜)は超格安です(現在は同書[改訂版]が流通しているようです)。
弦楽器製作に必要な物理、化学、数学や世界史(この同様の資料集も役立ちました)についての知識は日本の高校までの学習で十分で、いまでも日本の学校教育の内容は十分レベルの高いものだと思います。

 


バール、コーヒー、イタリア人―グローバル化もなんのその
島村 菜津 著 光文社新書

楽器製作を勉強しにイタリアに生活してみて一番感じたのは、この国はどうしてこれで生活が成り立っているのか?ということ。
働いている人がほとんどいないだだっ広い畑でなぜ農業が成り立つのか?サマータイムに入って3ヶ月経っても時計が冬時間のまま修正されないのはなぜか?なぜいつまでたっても(電球が切れていて)青にならない信号が放置されているのか?・・・など。バールとコーヒー文化もその一つ。イタリアでは個人経営のバールが都会でもド田舎でも街角には必ず存在し、スターバックスのようなフランチャイズカフェ店が出店できないという事実を僕は肯定的に捉えたい。
本音と建前、表とウラ事情を持っているのは日本もイタリアも同じだと思うが、イタリア人の生活感へのこだわりと変化に対応する機敏さは震災、原発災を経験した我々は学ぶべき所が多いと思います。イタリア(人)を語る書籍は他にもありますが、彼らの行動、習慣を観察し考察するのは今でもいい刺激になります。彼らのように必要以上にがんばらないで生活するライフスタイルをめざすのもよいのでは?

次回は7月20日更新予定です。

次回、関西弦楽器製作者協会展示会は2018年4月22日(日)です