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無知は罪である、ということから出発して

第163回 鈴木 徹(2018.07.20)
鈴木 徹
 私は2011年にイタリアのクレモナにて工房を開きました。
 そして2年前東京にも工房を開きました。
 クレモナでの仕事は、弓の毛替えや楽器の修理調整もしますが、やはり楽器の製作がメインとなります。それに対し東京の工房では、もちろん製作もしますが主な仕事は楽器の修理調整、そして販売となります。
 
今回のコラムではこの2年間の経験の中で考えさせられた出来事と、それを通して考えたことを書こうと思います。
 
 ひとつめは修理に持ち込まれたとても古い楽器についてです。
 その楽器は表板に大きな割れが入ってしまい、それを修理して欲しいとのことでした。お預かりして作業に取り掛かる前にまずその割れの状態、そして楽器全体の状態を調べてみると、オーナーさんが治してもらいたい割れの他に、横板にいくつもの割れがありました。
 とにかく修理のために表板を開ける必要があったので、いざ開けてみると、、、ビックリ、、、横板全体に以前の修理?によって貼られた木のパッチが無数にあり、開ける前に見つけていた割れはそれらのパッチに起因したものだったのです。その他にも以前の修理?の時にオリジナルの横板(桜材)が切り取られ、別の木材(おそらくクルミ)によって改変されていたのです。
 
 そこで考えたことは、そのパッチを放置しておけば必ず近いうちにもっと割れが出てくるだろうということ(これらのパッチは貼られて3~4年ということでした)、横板のオリジナルの部分が大きく切られていて別の木があてがわれていることにより楽器の価値が下がってしまった、ということです。
 つまり楽器の修理のやり方を知らない、そもそも修理の基本を知らないということにより起こった悲劇です
 
 ふたつめはあるお客さんと話していて、その方の持っていた弓を見せられた時のことです。
 一目見てフロッグ、ボタンともオリジナルではないことは判りましたし、棹の部分についても古いけれども昔の大量生産の物でした。そう私が話すとその方はどのようにその弓を手に入れたかを話してくださいました。
 その弓は長年懇意にしているお店から購入したとのことで、買う時の説明によればオールドのフランスの弓でとても良いものだ、と。そして詳しくは聞きませんでしたがかなりの金額で買われたようでした。
 そこで考えたことはその弓を売った業者さんについて。
 もしその弓が全く価値のないものだと知った上で売っていたとすれば、それは完全に悪。しかもお客さんの信頼しているという心を利用して騙している訳なのでタチが悪いと思います。
 またもしこの業者さんがそうとは知らず悪意なく売っていた場合。しかしその場合においてもやはり罪は免れない、と思いました。なぜなら何かものを売る場合『私は知りませんでした』もしくは『私も仕入れたところに騙されました』では済まないと思うのです。それはプロではありません。つまりこの業者さんの無知によって起こってしまったことだと思うのです。どちらにしても結果的に弓を買わされた人が被害に遭っているのです。金銭的にも、精神的にも。
 
 ひとつめのケースは修理に関する無知により楽器がダメージを受ける、という悲劇。ふたつめは楽器に関する無知により引き起こされた悲劇。
 このことから『知らない』ということは罪なのではないか、と思いました。
 
 ではどのようにすればこのようなことが防げるのか、このふたつの件に関して私はこう考えました。
 
 まずはきちんと物事を学ぶ、ということ。
 基本をしっかりと押さえて、楽器や奏者、そして音楽に対し謙虚に対峙すること。
 現在は必要な情報があれば以前に比べ簡単に手に入るようになっています。それに何かわからないことがあれば同業の仲間にアドバイスを求めることもできると思います。たとえばこの協会のメンバー間でも何かわからないことがあればお互いに助け合えると思います。
 修理において基本からはずれた自己流では間違いを引き起こしやすいので、いろんな人と交流し情報を共有することは大切だと思います。そうすることにより自分自身をはじめ、全体のレベルが向上していくと思います。
 
 次に誠実であるということ。
 この仕事をしていく上で、楽器と楽器を使う人に対して真摯な態度をもって接するというのは基本であると思います。そのようであるならば万一間違いが起こってしまった時でも、きちんとした対応ができると思います。 
 間違いを起こさない人はいないと思います。大切なのは間違いが起こってしまった時にどのように対応するか。人や物に対して想像力を働かす。『この人はどう感じているだろうか?』『この楽器にこうしたらどうなるだろうか?』とできるだけ深く考え思いを巡らすこと。そうすることは、つまり他者を通して自分自身のあり方を問うこととなり、おのずと自分を正すことになると思います。

 

 つまり無知は無知として放置しておくことが罪なのであり、それに対し無知に気づいて想像力を働かせれば、自らを高めるきっかけとなり得ると思いました。
 
 働いていると/生きていると いろいろな事柄に遭遇します。そのひとつひとつから、たとえ小さなことからでも、いろいろなことが学べる。
 結局嘘をつかず物事に対し謙虚に接し、誠実であること。そうであるというだけで、これほど楽に幸せであれることはないな、と思いました。
次回、関西弦楽器製作者協会展示会は2019年5月2日(木)~3日(金)です